Colin Stetson 『All This I Do For Glory』 Greg Fox 『The Gradual Progression』

ここ最近また休みの日ずっと映画館にいるんですけど、わりと面白い映画多すぎて嬉しい。
まず『新感染』、ゾンビ映画の勘所をキッチリ抑えつつ圧巻の見せ場を連打しつつドラマもおざなりにしない、ロケーションというかシチュエーションを徹底的に絞り込み凝縮するようなやり方でそれを達成しているというゾンビ映画のニュースタンダードの一本になりそうな傑作。
『ザ・ウォール』、カフカ的な状況から展開する戦場の悪夢的寓話で、ロドリゴ・コルテスのリミットのような、あるいはゲームのザ・ラインみたいな、ちょっと超現実的ですらあるような実話ベースソリッドシチュエーション戦争映画で異形ながら強烈な印象を残す作品だったなと。
『ダンケルク』、全編に渡って苛む地獄のような音響で、観終わったあとの感想が「生きて此岸に辿り着いた」というかつてない戦争映画だったな、『エイリアン・コヴェナント』、大体『君の名は。』だったな(「これってもしかして」「身体の内側から宇宙生物に」「「入れ替わってる!?」」)…とかですね。
ただ自分が一番ズンと来たのは『三度目の殺人』ですかね。
役所さんの顔のない怪物とでも言いたくなるような壮絶極まりない演技。なんと7度も繰り返される面会シーンでその度にまるで違う顔を見せていく。そこに引っ張られるように共演者もそれぞれ最高の仕事をしていて、特に福山雅治は今まで見た中でいちばん良かったな。光と影のによって喩えてみせるような撮影・画面づくりもいちいち正解!という感じであり、答えのない問いを投げかけてくる系の作品として相当残ってくるもののある作品だった。


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それでちょっと前にEx Eyeというバンドのアルバムについて書いたけど、その中心のふたりのソロアルバムがそれぞれ出ていたので買ってみた。
どちらも今年の焼きたてホヤホヤの作品。


DSC_0926.jpg

Colin Stetson 『All This I Do For Glory』

映像を見てもらえば分かる通りで、この人のやることは基本的にサックスソロだ。
あらゆる種類のサックスを用いて…特に巨大なバスサックスでの演奏が知られているが…循環呼吸を利用したきめの細かい反復演奏を行うという、一種のミニマル。
今回もオーバーダブもループも用いずライブ録音されているとはっきり表記されている。
その演奏はどこかテクノ的でもある。サックスの操作音でもってビートを作り出し、息の加減でノイズを滲ませたトーンはときに電子音のよう聴こえてくる。
ニュアンスの微妙な上昇下降、ふとしたブレイクに挟まれる叫びめいた音、ホーミーのように重なる持続音。
すべての要素が高いスキルで制御されていることがよく分かる。
"In The Clinches"でツェッペリン風の強靭なビートを聴かせたかと思えば"Spindrift"では弦楽隊のように聴こえたりと、曲によって全く別様の姿を見せもする。
ミニマルってストイックにひとつのことを極めた先にオープンな表現の世界が広がっているようなジャンルだったりして、それをこう正面から突き付けられれば、その強固な説得力の前に、参りました!となってしまう。


Greg Fox 『The Gradual Progression』

レーベルRVNGってのがなかなか面白いな。
この人もまたジャズ経由ミニマルタイプの表現者だけど、今回のアルバムではかなり様々な楽器の入ったアンサンブルライクな音を聴かせる。
その機材の中心になっているのは、今年の来日でも使用していたセンサリー・パーカッション。ドラムに装着して、叩く箇所やニュアンスによって割り当てられた音・エフェクトをトリガーするというものらしい。
アンビエントから様々な楽器の音、果ては合成音声まで、あらゆる音が鳴っており、そのベースとしてグレッグのドラミングがある。
基本的には執拗な反復のリズムがあるけれど、この人の場合はその展開力が半端じゃない。アクセントをずらし巧みに音に波を作り出し、ある大きなリズムを病的なまでに細かく割った上で音符の抜き差しをリアルタイムで仕掛けていく。
正直、一度二度聴いたのでは何が起きているのかまるで分からないドラミングだ。
僕はライヴで見たのでその様子を想像できるけど、にしてもあれは驚異としか言いようのないものだったな。
様々な構成要素がドラムの周囲に弾けまくるこの作品は刺激的でもちろん楽しいが、純然たるドラムの音のみのソロも聴いてみたい。
というか、この人の叩く音ならいくらでもいつまででも聴いていたい。
そう思わせる。
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talibam! + Matt Nelson + Ron Stabinsky 『Hard Vibe』 Talibam! and Alan Wilkinson 『It Is Dangerous to Lean Out (E Pericoloso Sporgesrsi)』

このブログでも大昔に書いているんだけど、僕がフリージャズとかノイズとか聴き始めたときに好きで聴いてたバンドでTalibam!というニューヨークのデュオがいる。
ローファイなキーボードでミニマル&サイケデリックなフレーズを連発するMatt Mottel マット・モッテルとフリーフォームでパンキッシュなドラミングのKevin Shea ケヴィン・シーの二人で、10年以上活動を続けている。
7月にその片割れのマットが来日していて、六本木のスーパーデラックスでライヴをしていたのを見に行って。
Talibam!の初期の多分結構レアいCDRを持っていって話していたら


なぜか後日呼び出されて一緒にセッションするという面白すぎる事態になりました

わりと自分の人生の中でもトップクラスにクレイジーな出来事だったけど単純に楽しかったのでまあいいか


そんなTalibam!の最新音源二つ
DSC_0846.jpg
ってなんかいっぱい撮ってしまったけど青いカセットとその下のコラージュ調ジャケットのがそれです

『Hard Vibe』
bandcamp
ESP diskから出たLP(うちにあるのはライヴ会場で買ったCD版なんだけどfor promo use onlyと書いてある)。
サックス奏者Matt Nelson マット・ネルソンとオルガンのRon Stabinsky ロン・スタビンスキーとの四人編成での演奏。
サイドA/サイドBの二曲構成。各20分。
フュージョン風のリフを延々繰り返しながらサックスとオルガンが上で自由にソロを吹き(弾き)まくり、徐々に全体が変化していく。
マット・ネルソンのサックスの無限に湧き出すようなソロが凄まじい。途中からエフェクトも駆使して更なる別世界に突入。
両サイドとも同じリフを用いながら、即興で異なった展開に入っていくところが面白い。
こうしたミニマルベースの手法は今回見たライヴでもマット・モッテルの今取り組んでいるところなんだなぁと感じたので、それ踏まえて聴くと納得。

『It Is Dangerous to Lean Out (E Pericoloso Sporgesrsi)』
bandcamp
こちらは英国フリージャズ重鎮サックス奏者Alan Wilkinson アラン・ウィルキンソンとのトリオで2013年のライヴでの録音のカセット。Astral Spiritsというレーベルから。
この音源も同じく20分×2サイドの二曲構成と似たものだけど、内容は大分異なる。
ガッツリと聴かせるフリーフォームの即興演奏だ。
三者の演奏の卓越ぶりがよく分かる内容で、特にやはり即興をやらせるとケヴィン・シーというドラマーは他の誰にもできないドラムを叩く、モンスターだなあと。
普通なら即興であっても無意識に出てしまうようなビートや小節、タイム感覚を全く無視したドラムを叩ける稀有なドラマーだ。
演奏は全体に渡ってかなりゴリゴリの爆音仕様で、モッテルが用いているのであろうエフェクトを用いたノイズ展開もあり。
ウィルキンソンのサックスは例によって四六時中ビキビキのトーンで叫びまくっている。容赦なしだ。
これはもう自分のようなこの手のもの大好き人間には堪らない内容。


こうふたつ並べると全く違った内容だけど、シンプルな編成ゆえかどちらもしっかりとTalibam!の作品、という感じ。
僕の好きな音楽をやってくれるバンドだなと改めて思ったのだった。



 

Bill Orcutt 『Bill Orcutt』

今日は『パターソン』という映画を観た。
ジャームッシュの最新作。この人の映画を僕は結構好きなのだけど、なかなか不思議な人だと思っていて、アート的と言われるにしてはとてもポップだし、メジャーと言われるにしてはニッチな作風。ベテラン映画監督だけどパンクス。毎回まるで違うものを作ってくるのに、観終わってみればジャームッシュでしかあり得ないと思わせる。


物語の舞台は実在の町、ニュージャージーのパターソンで、この町でバス運転手をやっている主人公の男は名前をパターソンという。
なんとも妙な設定だけどそんなところは他にもあって、例えば映画冒頭の朝のシーンでパターソンの奥さんが「わたしたちに双子の子供がいる夢を見た」なんて言うのだが、それからバスの乗客として、あるいは町中で、パターソンはとにかく双子をよく見かける。
で、面白いのは、この映画ではそのことには何の意味もないというところだ。なにかそういう奇妙な状況に陥ったのは何故なのか?というサスペンス/ミステリーにでもなりそうなものだけど、そんなことは全くない。
というか、言ってしまうと、この映画はまさに"なにも起こらない"映画だ。その「なにも起こらない」ということの内実の豊かさを描いた映画、と言ってもいいかもしれない。

映画は綺麗に7分割されており、月曜から日曜までパターソンの一週間をほとんど均等に描いていく。
パターソンの日常は概ねパターン化されている。だいたい同じ時間に起きて、朝食を食べて職場に向かい、昼になれば町のシンボルの滝の見えるベンチで昼食を取りながらノートに詩などを書きつけて、妻と夕食を食べると犬の散歩に行き、バーに立ち寄ってビールを一杯だけ飲み、眠りに就く。
驚くのは、映画はこのプロセスを、等しく順繰りに毎日捉えていくということだ。
ところが、それによって…同じく捉えることによって、同じことの、まったく異なる側面が浮かび上がってくる。

バスを運転していると前の方に座る乗客の会話が聴こえるが、そこに座る人間も、会話も、毎日違うものだ。バーでは夜をつなぎ合わせるように、バラバラのようでいて実は前の夜の続きというような人々のやり取りに遭遇する。家に帰れば、とにかくいつも新しいことをしていたい妻が、ある時は部屋の壁をペンキで塗っており、ある時は奇抜な具材のパイを焼いており、ある時はギターを弾いている。
そんなことがそこかしこに存在している。
毎日同じように生きて、毎日違うものに遭遇する。
パターソンはそれを詩にして書き留めておく。
もちろんそれぞれの差異は、「映画」「物語」として捉えたら「何も起きてない」の範疇なのだけど、その「何も起きてない」ということにはほとんど無限の有り様があって、子細に観察してみれば、うたになるほど豊かだ。


ディティール。
ディティールということについて考える。
自分の好きなホラー映画とか、日常系(思えばこの言葉ほどこの映画に似合うものもない)な萌えアニメとかさ、あらすじレベルに…人にこういう話って説明するようなレベルに…単純化すると、全部同じ話じゃんってのが多々あるわけ。
ただジャンルにおけるこの手のものを味わう方法ってそれではないわけよ。
それは日常系ってことで言うなら、一見同じ、他愛もない、どこかで聴いた話の細部が…道端に咲いた花の品種とか、いつものメンバーでの意味のない会話の話題とか、日々に紛れこむちょっとした失敗とか、家に帰る道、いつもと一本外れた通りに入ってみるようなこと、そういう細部こそが、むしろ本質なわけ。
おそらくそのレベルで同じものを描いている作品というのは余りないし、この手の作品の作り手はそここそが肝要だと分かってもいるだろうし、その微妙な差異を楽しむという視座において、外野席からは同じにしか見えない物ものが、固有の豊かなそれぞれとして立ち上がってくる。
というか、あらゆるものはそうなのではないだろうか?
自分の好きなノイズミュージックとかドローンとかさ、多分興味ない人からしたらみんな同じに聴こえるんだろうなってのは分かるし。
逆に自分からしたら車って世界に50種類位しかあるように見えないし、せいぜい色が違うだけだろみたいな、あるいは野球やサッカーの選手も全員同じことしてるようにしか見えないわけよ。
好き、愛情を持っているということは、その間の微妙な差異を豊かなものとして楽しめるっていう意味なわけ。
それをパターソンになぞらえて言うのであれば、他人からしたら何もない、毎日変わらない他愛のない日々を、そういう区切りの繰り返す連続体としての人生、世界なるものを、愛情をもって生きてみれば、そこには同じことの毎日の微妙な差異、つまり愛すべき=そこにその瞬間にしかない・かけがえのないものとしての・性質が立ち上がってくるのかもしれない、ということ。


音楽はこれを強く思わせるものがある。
我々はなぜ同じ曲を幾度も…それどころか自分の手で…演奏したがるのだろう。
すでに熟達した演奏者の、優れた演奏が残っているんだから、もうその曲の演奏が世界に新しく生まれる必要はないんじゃないのか。
この問いが的外れで馬鹿げていることはもう直ちに分かるはずだ。ここまで書いてきた通りで、更に突き詰めていうなら、音楽が「良い」「悪い」ということと、演奏が「うまい」だとか「へた」だとかいう事は何も関連性がないということになる。
僕はよく、音楽はそこに含まれているノイズのほうが本質、みたいな言い方をしてしまうのだけれど、それはこのことだ。
楽譜の通りに置かれている音なんてのはどうでも良くて、その合間をつなぐ音の震えやかすれ、譜面に現せないジリジリという空気の音、アンプに挟まったノイズ、外れた音、ずれた音。意図せずに…しばしば間違いと言われる…そこに現れている音こそがその音楽の固有性、かけがえのなさを担保する。それは再現不可能だ。
Bill Orcutt ビル・オーカットの2017年作セルフタイトル、『Bill Orcutt』は、このギタリストがカバー集をやっている、というゆえに、音楽のそんな性質が究極的に表現されている。
ここで聴かれる演奏たちは、確かにそれぞれの曲であることには間違いないのだが、それと同時に"この演奏でしかありえない"、固有の、"ここで録音されたこのテイク以外には存在しないし、二度とやってこない"、唯一のものとして響いている。
それはオーカットが…いや、ここでもう一度こう言っておこうか…オーカットだけが辿り着いた地点だ。
だからこのアルバムのタイトルは『Bill Orcutt』なのだろう。
"When You Wish Upon A Star"、"Over The Rainbow"、"Star Spangled Banner"…。
そこら中にある曲たちのここにしかない演奏たち。
本物の傑作。


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Bill Orcutt









ネトフリでこのホラー観ましたか?

今日は映画館でサメ映画をハシゴという夏らしいにも程がある過ごし方をしてしまいました。
『ケージ・ダイブ』、ファウンドフッテージ形式でしかもメチャクチャ嫌な気分になれるという新鮮なサメホラーだったのでみんな観るといいと思います。

それで僕の場合普段休みの日映画館に行かない場合はネトフリでダラダラ映画観ている場合が多いのですけど、これラインナップはなかなか良い一方で面白い映画を探すのが大変なんですよね。
自分はホラーに関してはそこそこ心得があるつもりだし、夏なのでなにか皆の見逃しているかもしれない面白いホラーを紹介していければというのが今回の趣旨で。もうこれは皆観ているだろうというのは今回はスルーしていきますのでご了承ください(『残穢』、『ミスト』、『REC』『パラノーマル・アクティビティ』、どれも傑作だけど観ましたか?)。
ホラーってやっぱその性質上出来れば映画館で観てほしいのですけど、そうは言っても都内ですら2、3館でしか公開してない、タイムテーブルがほぼレイト一日一回、なんてことも珍しくないジャンルでもあるので、こうして電気を消した部屋で気軽に楽しめるようになっているのはそれはそれでいい事と思います。
めどいので画像貼ったりとかはないですけど気になったら検索してみてください

そういえば昨年書いたPOV/ファウンドフッテージ縛りの記事もあったので置いておきます(ネトフリにはまだ無いやつもあります)


ネトフリのサイト見ながら書くから新しく追加されたほうからいく


『お化け屋敷列伝/戦慄迷宮MAX』
ええとコレから始める時点でフザけてるだろ?というご意見は重々承知の上なのですけど、それでもあえて言うと、この映画は面白い。
お馴染み富士急ハイランドの日本一怖い/長い常設お化け屋敷こと戦慄迷宮。あれは怖さレベルに複数の設定があって、イベント時はそのより怖いバージョンというのをやったりするのですけど、この映画はその設定はあるけどやらないというレベルマックスのところに挑戦して貰ってその様子を撮るというドキュメンタリ的内容。あるいは90年代の過激バラエティ番組か。
日本ってお化け屋敷までガラパゴス的なところがあって、その独自の進化の極点を見られるというのがひとつ。演出・シチュエーション、これ絶対怖い/かっこいいと唸らされる場面がいくつも登場する。挑戦者にカメラを持たせてPOV形式で見せるのも楽しいひと工夫かなと。
もうひとつは、我々ホラーファンというのは、勿論怖いものを見るのが好きなんだけれど、同時に(嫌らしくも)恐怖する人を見るのもまた同じ位好きということですよね。端的に言って、怖がる人というのは面白い。その演技としてじゃなく本当に心の底から怖がっている様子というのをここまで見せてくれる映画というのもないでしょう。また逆に、挑戦者の中で一人度胸MAX人間の方がいて、この人は我々とはまったく異なる世界観の中で生きているんだなというのがはっきり見えてそれも見もの。


『アパートメント:143』
『リミット』等で個人的にも大好きな名監督ロドリゴ・コルテスが手掛けた心霊POVもの。
やはりこの人の映画が単なるジャンル的なお約束物語に終始するはずなく、みるみるうちに意外な方向に舵を切っていく。
精神分析というか統合失調とオカルトの関係の話ってよく言われるけど、それをこのスタイルで語ろうとするのが偉い。捻った物語を語るのには工夫を要するジャンルではあるので。
キャラクターがおざなりにされがちな(観終わった後登場人物の名前が全然浮かんでこないとか)ところのあるジャンルの中で、ここまではっきりとキャラ立ちが感じられて彼らへの愛着も湧くというのは、ストーリーテリングの秀逸さを証明してもいる。
この手のもの好きな人にこそおすすめしたい一品。


『パラノーマル・アクティビティ第2章 TOKYO NIGHT』
有名シリーズの全然知られていない続編。これパチモンじゃなくてちゃんとオフィシャルな続編(というかスピンオフ)なのですよ。
手掛けるのは、『放送禁止』シリーズなど日本のモキュメンタリといえばこの人、な長江監督。
勿論シリーズ特有の手法…カメラを仕掛けて、登場人物たちが寝ている間に事が起こる…をやっているのだけど、しっかりJホラー的な文脈をそこにミックスしている。
生々しいお祓いのシークエンスであったり、長い黒髪を垂らした女幽霊というイメージの変奏形態のような"それ"など。
最後の最後のシークエンスだけは蛇足と言わざるを得ないけど、その直前の、住み慣れた家が闇に落ちた途端ゴーストハウスと化すという箇所は本当にぞっとさせられるものがある。


『エビデンス-全滅-』
砂漠の真ん中のガソリンスタンドにいくつも死体が転がっており、ビデオカメラが残されている、その映像から一体何が起きたのかを読み解く…という内容。
面白いのは、ファウンドフッテージスタイルを主流にしつつ、その合間に捜査チームが映像を検証していくパートが挿入されること。
といってもどっちつかずな内容という訳ではなく、発見映像の携帯カメラで廃墟を歩いていくところなどはかなり生々しい質感ですばらしい。
そしてオチ、反則スレスレながら、こう来たか!と唸らされる。というのは、超低予算で作ったPOV/ファウンドフッテージホラーで一発当てて新人監督デビュー、というのが流行った世相を見事に反映させていて…これ以上は書けないか。
これもまた通好みというか、この手の映画好きな人こそ楽しい映画でしょう。


『武器人間』
これはかなりハチャメチャなPOVホラー。
時代設定は二次大戦中で、ソ連軍の兵士がナチスの極秘施設に潜入していくが…という、POV形式でこの話、ありだったんだ!的な驚きの内容。
時代設定の為かカメラの手ぶれ補正などはなく、劇場のスクリーンで観た時は中々(三半規管に)クるものがあった。一人称過激アクション『ハードコア』という映画がちょっと前にやったけど、あれレベルの揺れを想定して下さい。
話はタイトルでほぼ言っているというか、勿論(?)ナチスが兵士と武器を融合した改造人間を作っていたというもの。
しかしこの武器人間たちのビジュアルがどれもケレン味に溢れ素晴らしい。それ、意味あるの?的なデザインの、ショッカーの怪人をエグい方向にふた回り強化しました的なバケモノが次から次へと登場。どんどん行っちゃいけない方へいけない方へ突っ込んでいってくれる"よく分かってる"展開も好印象。
作中、ナチスの博士が戦争を終結させるための驚きのアイディアを提示するのだが、その箇所は本当に最高。あらびきだなぁ~、って。


『ラスト・エクソシズム』
これもまた玄人向けファウンドフッテージの枠かな。
悪魔祓いをする神父を追ったドキュメンタリーの撮影、というところから入っていくんだけど、最初から意表を突く仕掛けを打ってくる。
この神父のやっている悪魔祓いというのがなんとイカサマ。そもそも神父は悪魔なんて信じていない。悪魔憑きなんてのは精神疾患に過ぎないと。
そこでどうするかと言えば、様々なトリックを使って超常現象を自分で演出し、マッチポンプ的に自分で解決、それを見て憑かれている本人がああ悪魔はいなくなったという風になれば心因性の疾患も治まり解決、というわけ。
それをモキュメンタリ=虚構のドキュメンタリとして見せるというところにこの映画の面白さがある。モキュメンタリの中でモキュメンタリを撮る。
虚構を前提にした真実、という構造が二重になっているわけだ。
その中で描かれる本当の本当とは何なのか?というところがこの映画。
上で書いた『エビデンス』と同じくジャンル批評的なところに突っ込んだ語り口の面白さがある。


『パラノーマル・アクティビティ3』
『パラノーマル・アクティビティ4』
これ、続編ちゃんと見てますか?というところで。
上でも書いたが本当に優れたシリーズなのだよね。
自分は全7作映画館で観ているけど、続編の中で特に優れている、大好きなのがこの二本。
ヘンリー・ジュースト&アリエル・シュルマンは『ナーヴ』『キャットフィッシュ』など、インターネットビデオカルチャー、ドキュメンタリへの批評を深く盛り込んだ作品を手掛ける切れ者監督コンビ。
この二本では仕事をキッチリこなし、映画作家としての腕の良さを見せつける。
3は単純に恐怖映画としてシリーズ中最高の出来。クライマックス、「勝手知ったる家が闇に沈んだ途端にゴーストハウスに変貌」展開のシークエンスは圧倒的に怖い。
4は一転シンプルかつミニマルな内容で、一作目に回帰したかのような引き絞った怖さで見せてくる。
と言いつつ新機軸もあり、ウェブチャットカメラを巧みに利用した志村後ろー!的カメラワークが新鮮な怖さ。


『トライアングル』
ヨットで海に出て遭難、通りがかった大型客船に迷い込む…というゴーストシップ的なストーリー。
船内には謎の殺人鬼がいて大変なことになる。謎の?いや、あいつどこかで見たような…。
ちょっと何も書けないが驚愕の展開を見せる一品。SF的ですらある。
ある種宗教的な話でもあって、話の展開や登場するモチーフの意味であるとか、主人公の選択は正しいのであろうか?とか、観た後かなり腹に残る深みを持った内容。


『フッテージ』
スコット・デリクソンのオカルト路線最高傑作。
引っ越した家で見つけたフィルムを再生すると凄惨な内容の一家殺人ビデオ。しかもそれがいくつもある。
不穏でおぞましくしかし目を離せなくなるカッコ良い画がバンバン出てくるが、ここでは音楽に特に着目したい。
オリジナルの劇伴のサントラはノイズ/実験系ホラーサントラの傑作であるし、その他の楽曲についてもUlver筆頭に異質すぎるチョイスで映像を更に凶悪なイメージに磨き上げる。
カタストロフィックなクライマックスでかかるSunn O))) & Borisの圧殺ドローンは崇高で神々しくすらある。映画館で観た時震えたなあ(音の振動で)。


『アフリクテッド』
過去記事でまるまる一本書いたのでこれを読んでくれ。
知られざる傑作。


『ロスト・ウィークエンド』
冷めた仲を修復しようと海沿いにキャンプに向かった夫婦の顛末を描く。
何とも説明の難しい映画。
何しろ様々なことが起こるのだけど、それが結局何であったのかは分からないし、そもそもがすべて偶然と言う事もできる。
ただ、その積み重ねで人は壊れうる。そういうことを描いている。
閉塞感に満ちて嫌な空気が映画の中に充満しており、じっとりと粘つく怖さがある。
観て判断してくださいとしか言えないが観た時には手遅れという難しい作品。


『フリーキッチン』
これをホラーと言うべきかわからないけど、ジャンル的にはここに分類されてるしなあ。まあそれはそれとして是非観て頂きたく。
福満しげゆき原作のミニマルな邦画という、今回挙げている中では異色な一本かな。でも素晴らしい出来。
お父さんが知らない女の人を連れてきた。
お母さんが料理がヘタだから、この人に料理の先生になってもらうんだよ。
しばらくしてその人はうちに来なくなった。お父さんも帰ってこなくなった。
それからお母さんは、毎日僕に、お肉の料理を食べさせる。


『死の恋人ニーナ』
昨年のベストに挙げたのでそちらで。
毒と笑いと切なさの青春ホラー傑作。


そんな感じでわぁっと挙げてみましたけど、どうですかね。観たことないやつありますかね。
最初普通にネトフリで観られるマイナーないい映画っていうのをジャンル関係なく挙げようと思ったのですけど、そうするとキリがないので今回はこんな感じに。
機会があれば少しづつそういうのもいきたいですけど。

それではよろしくどうぞ

Ex Eye 『Ex Eye』

『君が生きた証』という映画を観たのですが、これ是非観てほしいと思います。
息子を亡くした父親が遺品整理の折に息子の作った曲のデモCDを見つけて、それをバーなどで歌い始めるという内容。
なのだけど、中盤さり気なく、何でもない事のように、とんでもない情報を開示してくる。
それによって今まで見せてきたものの意味が全部変わり、重い問いが投げかけられる。
これはネタバレしてしまうともう全く意味のなくなってしまう話でもあるんで、何も情報を入れずに観てほしい。
タイトルから想像させるような真っ直ぐな感動話では全くないけど、必ず観て良かったと思うはず。
人前で演奏しようとすると吐いてしまうナイーヴなギタリストとしてアントン・イェルチェンが出ていたりして、今にして、ということで、その意味でもタイトルが刺さってくる。
おすすめ。


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exeye.jpg
このレコメンドイフユーライクのところのメンツが分かり易っ!というか、この一団聴いてる人、いるいる!って感じがしてかなりいいと思います

わりと出たばかりで、Ex Eyeというバンドのファースト。セルフタイトル。
ジャンルはエクスペリメンタル・メタルとかわりと何でもあり感のある言葉で言われているけどまぁ一筋縄でいかない内容。
それもそのはずで、このバンド、メンツが…

Colin Stetson - alto & bass saxophones
Greg Fox - drums
Shahzad Ismaily - synths
Toby Summerfield - guitar

そ、このバンド、今やスタジオ仕事などでも引っ張りだこの感のあるコリン・ステットソン、Zsのほか少し前に来日したソロでも衝撃の演奏を見せるグレッグ・フォックス、ふたりが中心になったニューバンドなのですね。
脇を固める(いやフロント楽器に対してこの表現もおかしいが)二人もプロデュースやスタジオワークのベテラン。
コリンとグレッグが同じバンドで演奏するというのは事件には違いないのだが、一方で音楽性というところから見ればよく分かる。
二人ともジャズをルーツのひとつに持ちつつあらゆるジャンルを手掛け、自身の表現としては肉体を使って全く新しいミニマルミュージックを生み出している。

アルバムは4分のイントロに続いて12分のトラック×2、8分のトラック、と、ロックと思うとかなり潔い内容。
しかし聴いてみればやはりこの人達の生み出す音楽、普通のものでは全然ない。
4つの楽器がそれぞれ複雑なフレーズでもって絡みあいながらひとつのモチーフを形作り反復と変形を繰り返していく、というのが基本かな。
ただ案の定というかとんでもない超絶技巧だ。精密機械のような各楽器の噛み合い。
サックスの生むトライバルな響きやシンセによるエレクトロな感触というのもあって、一息には説明できない音。
メタルというかロック的な明快な展開をする箇所もあればアンビエント的に各楽器のレイヤーを幾重にも折り重ねて音を作る部分もある。
たぶんこれは最初にこういう音を作ろうという設計図ありきの音ではないんだろうな。
ガッチリ作り込んだもので、この4人で技術的に/音楽性的にここまでできますけどっていう風なところを感じる。
グレッグのいるZsがそうであるようにこれもまたミニマルという方法論を取り入れた音楽の新しい展開なのではないかな。
意外と難解さはなくスルッと入って来るが強力な質量でズンとくる、そしてフィジカルな気持ち良さが一番に来る。
人間技と思えないドラミングと重厚なノイズヴェールの織り成す"Anaitis Hymnal; The Arkose Disc"が特に良い。


続きに映像を貼っておきます

 

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