Greg Fox グレッグ・フォックスのライヴを見に行っていた

来月ライヴやります!
サイゼリヤをグループ利用する際に使用している名義で出演します。
我々は3ギターを擁する編成にてソニックユース~ブランカ的なミニマル/ノイズロックを展開する予定です



ご無沙汰しています。
ここ最近は映画をふたつくらい観て…















あとはひたすらニーアオートマタをやっていたような記憶があります


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で、今日というかさっきZsの凄腕ドラマーGreg Fox グレッグ・フォックスのライヴを見てきたのですが。
八丁堀駅のすぐそばを流れる川の中州にあるライヴハウス七針、初めて行ったけど、すごく雰囲気良いですね。
ブエナとかに近い感じかな。30人入ったら軽く満員くらいの広さで、ステージとかなく同じ目線で演奏する感じ。
で、そうグレッグ・フォックス。
本国では音大のジャズドラム科のマスタークラス持ってるようなのをどっかで読んだけど、自分の印象としてはジャズ的な小節や拍を無化する方向とは逆、リズムを数理的…微分的?…に精緻に突き詰めた結果の超絶技巧みたいな印象を受けたかな。
ある一定のパルスが流れてはいる。ただリズムというのはそれを如何様な割り方にも解釈し得るということで、その可能性が多元的に同時に存在している。
4であるということは64であるということで、それは同時に3でもあり、24でもあるということなんだけど、それらの間を驚異的なスピード感でジャンプする。その音の詰め方の緊縮によってダイナミズムが生まれる。
だからダイナミックであると同時にミニマルでもある。厳密に整然としているから。
嵐のようなドラミングなのに静かとも感じてしまう、そんなロジカル超絶ドラムといいますか。
彼は最高のドラマーですねやはり。

それに加え今回はドラムにセッティングする特殊なシステムを用いていて、それも面白かったな。
スネアやタムにセンサーをセットして、それがラップトップに繋がっているという見た目。
これは何かというと、ドラムの太鼓の中の叩く箇所や部位に音を割り当てて同期するように様々な音が出力されると。
これを用いて電子音と絡めた演奏をしたり、合成音声で歌わせたりしておりました。
見てもらう方が早いかな。スネアのみでこんな演奏になる

勿論ニュアンスとか含め技術が要求されるのは言うまでもないけど、ドラムソロパフォーマンスの新たな形かなと。



自分はもともと音源でもドラムソロのものとか聴くの非常に好きなんですけど、このグレッグは一番ライヴで見たかったドラマーの一人で。
Zsで見た時も素晴らしかったけど、バンドや曲という外枠なしではこんな演奏するのかと。
めちゃくちゃ良かったですねはい

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Dave Phillips 『South Africa Recordings』 Marc Behrens 『Sleppet』

今日は二本の映画を観て来ました。
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』、『愚行録』、どちらもメチャクチャ良かったですね~~
前者は少し早く春がやって来たような晴れやかな気持ちで映画館を出られる映画で、後者はどんよりとした気持ちで息も絶え絶えに映画館を出ることになる映画です。











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今日はフィールドレコーディング二作。
どちらもArt Into Lifeで買えます。

southafrica.jpg
うちでは何度も取り上げているスイスのアクショニストDave Phillips デイブ・フィリップスによる二枚組フィールドレコーディングシリーズ最新作。
このシリーズはベトナム、タイ等様々なロケーションのものがリリースされているけど、今回は南アフリカにて2015年末から2016年頭に録音されたもの。ちなみに当の地は南半球なので季節が日本と逆で、そのくらいの時期の気温は30度~43度になる。特に生物絡みの録音をしようとしたらベストシーズンというわけ。
シリーズでは基本的に無加工の音源を収めたものになっていたけど、今回はイコライジングとパンのエフェクトのみ用いているとの表記がある。そのほか、特徴的なのが、合間合間に2-4の録音をレイヤードしたトラックが入っている。
以前にカセットでリリースしていたものにコウモリの発する音を無加工と加工で片面ずつ収めたものがあったから、それの感じがちょっと入っていると。
毎度のことながら録音がとても良い。大音量で、ヘッドホンを用いてのリスニングを推奨、とあるけど、なるほど包み込むような広い音場から耳もとでちらつく羽虫の音まで繊細に録音されている。
大まかに二つの方向性でのレコーディングがあって、ひとつは単一の対象に照準して録音したもの。動物や虫の声など。これは短いトラックが多くて、10秒に満たないものもある。もうひとつは環境に照準して録音したもの。あるロケーション、シチュエーションでの場のサウンドスケープを捉えている。こちらは圧巻20分越えのトラックもあって、じっくりと聴かせる。
急な天候の変化にフォーカスして、突如としてやってくる激しい雷雨の様子を捉えたトラックなんかもある。こういうのは以前の作品ではあまりなかったはず。
それぞれのトラックには長い長いタイトルがつけられ、状況が細かく記述してある。

このシリーズ聴いていてよく思うことなのだが、やはり自然はミニマルだ。
生態系は機械的なものではなくて、個々のものたちがランダムに、ばらばらに振舞っている、というイメージを持ちがちなのだが、実際にこうして音として聴いてみると、一定の規律に基づいた調和ある響き、周期性を持っている。
ジョジョで黄金の回転ってのを言っていて、黄金比を用いた黄金長方形を回転させると得られる渦が、ミクロからマクロまで、自然のあらゆるところに存在している、という話なんだけど、それをスゴク感じるのだよね。
アリが隊列を組んで進むようなメカニズムは自然中に普遍的なものなのかもしれないと。


sleppet.jpg

こちらは09年のノルウェーでのフィールドレコーディングツアーをもとに制作された同名のコンピのスピンオフ的作品。
コンピでは6名のサウンドアーティストによるトラックが収められていたけど、このCDはその中のMarc Behrens マーク・ベーレンスにフォーカスしてコンピの中の同氏によるトラックにアウトテイク3つを加えたもの。
アウトテイクといってもクオリティは高く、ほぼ自然な録音から加工によってなにか電子的な響きに変調したものまで幅のある内容。4曲とも10分前後の尺の中で場面が次々移り変わるように展開していく。クレジットに"Composed and produced by Marc Behrens"とあるのだけど、氏は環境音を素材に曲を構成するという意識が結構強いのではないかな。
"Sheep and Industry"なんてタイトルのトラックは突飛な組み合わせに笑ってしまうが、中身を聴くとゴツゴツとしたカッコいいコンクレートノイズになっていたりする。
気に入っているのは"Glacier"というトラックで、タイトルの通り氷河での音を用いて作られたもの。これが足下の水滴から遠景の地鳴りのような環境音まで、ミクロ-マクロの視点をギュッと凝縮して聴けるようにしたような作り。白一色の世界からのものとは思えないような色彩豊かな響きがしかしやっぱり全体では調和しているというところに、自然の音のおもしろさがある。


酷暑から酷寒まで、この気温差は続けて聴いていたら風邪をひきそうになるけど、どちらも秀逸なフィールドレコーディング作品かなと。
寝るとき聴いていると心細くも雄大な気持ちになる。


Marc Behrens、ライブの様子もなかなか面白いので続きに貼っておこう。

Horse Lords 『Horse Lords』 『Hidden Cities』 『Interventions』

一月の半ば過ぎから、もうひとつブログを書いています。
テキストファイルアップロードサイト
テキストファイルをアップロードするブログです。
特に毎日更新とか決めているわけではないけど、ネタをストックしておくと勝手に毎日更新してくれる仕組みを試しています。


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まずは映像を見てくれ

画面中央で踊る、痛Tを着たオタクの圧倒的な存在感に注目して欲しい。
酩酊したような動きを基本にしつつ、腕や首の振りを交えてグルーヴし続けている。
彼はもちろんメンバーでもなんでもない。
ただ、それによって映像が熱を帯びたものになっていることが重要だ。
というわけでボルチモアの白熱する永久機関、Horse Lords ホース・ローズ。


Andrew Bernstein - saxophone,percussion
Max Eilbacher - bass,electronics
Owen Gardner - guitar
Sam Haberman - drums

horse lords
写真は2016年作、interventions。
これ以前の作品は物理で手に入れるのは難しいものの、バンドキャンプですべて入手できる。


紙のテープ化何かを使って、メビウスの輪というのを作ったことがあるという人は多いはずだ。
自分の場合はウルトラマンか何かで出てきたのを見て、幼い頃一時期大量生産していた記憶がある。
子供部屋に物理/数理的なカオスが生まれていた。
終わりも始まりもない無限の象徴であるメビウスの輪が教えてくれるのは、全てが1となりうるのであり、永遠のミニマルなミニチュアとして現れうるのであり…つまるところすべてはグルーヴしうるということだ。
ホース・ローズが作り出すのはそれだ。
あらゆるものは反復する。反復するとは踊れるということだ。
奇数系のリズムの複雑な組み合わせであれ、すべてのパートが周期的に脱臼され続けるポリリズムであれ、拍を奇妙に伸縮させたようなフレーズであれ…始点と終点を掴んでしまえば、あとはそこにハサミを入れて、一度ひねって貼り合わせるだけ。
それをリアルタイムのアンサンブルでやり続ける。


Zsなんかのような人力ミニマル系のバンドのひとつとも言えるのかな。
それ系のバンドの例に漏れずこのバンドもエクスペリメンタルな要素が入っているのだけど、しかし同時にとても享楽的な音楽だということは重要に思える。
ダンスミュージック的…もっと言うのであれば、シャアビ的な、アラビックなフレーズを軸にした躍動感ある反復運動。
そしてバンドサウンド、ロック的なアンサンブルのむさ苦しい様な熱量がそこかしこに感じられること。
頭で聴いても楽しい難解さを読み取ることもできるけど、同時にサイケデリックで覚醒するようなグルーヴに身を委ねて踊りまくるのだって正しく思える音だ。


一応3つの音源を買ってみたので簡単に聴いていくと…

12年作セルフタイルトル『Horse Lords』は20分、15分の二部構成で、どちらの曲もライヴの熱を伝えるようなノンストップのミニマルグルーヴが楽曲の中でしなやかに変態していく。あるパートが同じフレーズを継続し続けているところに、別のパートがパズルのようにそれまでとまるで違うフレーズを当てはめてくる。そうやって交互にカンフル剤を打ちながら踊り続けるような基本的な構図がここでもう確立されている。
B面"Wildcat Strike"のブレイクでサックスのソロフレーズを契機に一気にボリウッド的享楽空間に叩き込む展開には、通勤中聴いていたら電車の中でいきなり踊り出しそうになった。

14年作『Hidden Cities』は5曲入りでもっとアルバムらしい体の音源。
13分のオープナー"Outer East"がとにかく強烈だ。南国のリラックスしたムードで緩やかにギターとサックスが絡み合いながら反復のグルーヴを組み上げていく。ベースが全面に出て意図的に拍の長さを歪ませるようなフレーズを奏で始めるとギターまでドロドロに溶け始める。今一度背骨を叩くようにドラムスがソリッドなビートを入れれば、そこからは入れ替わり立ち代わりに様々な反復パターンがシームレスに遷移しながら現れる。クライマックスにて各楽器が拍を分け合いながらバトンパスで作る精密なフレーズ。一瞬のブレイク、一気に爆発するパンキッシュなグルーヴ、カッコ良すぎである。
これを皮切りに、短いインタールードにてノイズエレクトロニクス中心、ラーガ的演奏等また異なった方法でミニマル演奏を展開しつつ、10分ある"Macaw"で再び濃密な実験ミニマルダンスロックを展開。2曲が中心になった明快なつくりのアルバム。

16年作『Interventions』は9曲入りで、基本的なところは変わっていないのだけど、もっと音響的な遊びが前にせり出したような作風。
フィールドレコーディングをループして軽くビートを作ったところにギターのループフレーズが契機となってホース・ローズ宇宙を展開し始める"Encounters I + Transfinite Flow"、電子音だけのトラック"Intervention I"、電子音/シンセ的な響きを伴う独特なサックスソロ"Encounter II + Intervention II"と、ミクロとマクロの遠近法が狂うような、ミニマル表現の様々なあり方を、バンドアンサンブルという枠に囚われず表現している。
ライヴ終わりのような歓声や手拍子を切り貼りして作られたラストトラックの"Never Ended"というタイトルは彼らの音楽そのものみたいな言葉だな。
"Toward the Omega point"、"Time Slip"、"Bending to the Lash"といった十八番のミニマルダンスロックは相変わらず中毒性が高くとても楽しい。


円周率は、3!
と宣言するようなバンドと音楽だ。
難しく聴くこともできるけど、同時に踊りまくるダンスミュージックでもある。
3.141592653....であることと、3であるということは矛盾しない。
どこに住んでてもどの神を信じててもいい。男でも女でもどっちでもなくてもいい。ロックが好きでも電子音楽が好きでもどうでもいい、興味ないよ。細くても太くても黒くても黄色くてもデミちゃんでもメイドラゴンでもいい、踊ったら同じだ。動物の芯に訴えかけるような汗と温度のリズムで、ミニマルとはそういうことだ多分。あらゆる差異を巻き込んで無化するかのような圧倒的な…グルーヴっていう言葉の意味もまた、そういうことかもしれない。




続きにかっこいいライヴ映像貼っておきます。

65daysofstatic 『No Man’s Sky: Music for an Infinite Universe』

nomanssky.jpg
Music for an Infinite Universe

このバンドについては09年に一回書いてたのだが、今回久しぶりに聴いてみた。
正直なところここ数年ご無沙汰になっていたバンドなんだけど、意外なところで名前に当たったというか。
何度かブログにも書いているけどインディーズゲーム結構好きでやっていて、その中で『No Man's Sky』というゲームのサントラをこのバンドが担当するという話で。
そのゲームは自動生成でほぼ無限に近い探索領域が生まれるゲームであると。そしてサントラは状況やプレイヤーの行動に応じて音楽を自動生成すると。
それを素材にして"65daysofstaticのアルバム"として構成し直したのが今回の二枚組。リリースは昨年夏。

そんでへー昔はよう聴いとったしライヴも見に行ったけ新作どんなもん…?と思ってとりあえずサンクラに上がってるやつ聴いたら

めちゃくそカッコええやんけ


65daysofstaticの音楽は初期には変拍子~ポリリズムを刻む躁的なブレイクビーツとの完全同期演奏によるダークなギターインスト、というものだった。
それが大きく変わったのは4作目『We Were Exploding Anyway』で、ここではギターに代わるようにして何層にもレイヤードしたシンセが導入され、打ち込みのビートの重心は低く4つを刻むようになり、エレクトロニックミュージックのほうへと大きく舵を切った内容に。
ま、当時はそれが肌に合わなくて気持ちが離れたみたいなのもあったんだけど…今はこういう電子音楽を全然普通に好きになったので、聴き返したらこれもエラくカッコいいなと思ったな。
…で、今回のアルバムに至るという訳なのだけど、これを聴くと彼らの変化が結局何を志向していたのかがはっきりと分かる。

オーロラのようなシンセの持続音とリヴァーヴギターのヴェール、病的に細かなクリックのビートと乾いたトライバルな生ドラムが混ざり合い、フィルターを通して統合され、ファズベースに蹂躙される"Monolith"、ピアノとギターのフレーズが繊細と野蛮の両極に置かれているようでいて大胆に調和する"Supermoon"、あるいは生アンビエント的な"Heliosphere"とYellow Swansまで思わせもするノイズドローン"Pillars of Frost"の対比に特に顕著に見て取れるような音作りの作法。
あらゆる要素が等しくマテリアルとして、フラグメントとして、音楽の要請に応じてその都度召喚されているということ。それが徹底的なポストプロダクションによって実現しているということ。インタビューで「ライヴと制作は完全に別物」というようなことを言っていたのを読んだことがある。あるいは、求めているドラムサウンドを作るために、一度録音したものをヴィンテージのアンプに流し込んで再度アンプからマイクで録る、というような手法。彼らは曲を作る時にはまずエフェクトペダルやシンセのパッチを作ることから始める、というのも読んだ。
恐らくそれはエレクトロニックミュージックの制作手法に近くて、少なくともバンド的なそれでは全くない。その素材のレベルにまで落とし込まれた生楽器の演奏が、電子音楽的な素材と同じテーブルにプールされることから、こういう音が生まれている。
この事は、彼らが初期にステージの上で行っていたことの──ブレイクビーツと生演奏を融合させることの──制作レベルでのラディカルな実践だ。そして以降の制作において前景化してくるエレクトロ志向の手法レベルでの再措定だ。

ポストプロダクションに大きく比重を置いた作曲-制作というのはRadianやZsといったバンドがかなり綿密に実践していて、ただそれらのバンドはポスト・ポストロック的なというか、ある意味ポストロックではあるのかもしれないけど、これをポストロックと呼ぶならポストロックって何なのか分からんね、という括りになっている。
それでいて起源までいけばポストロックというのはそういう姿勢のことを指していた─単なるギターインストのようなものでなく─ような気もする。
そしてそれはフラットへ向かおうとするベクトルなのでは?と考えている。ロックにおいて絶対であったプリとポストの壁が同平面上に再配置されること。それは直ちに支配領域を拡大する。生楽器と電子音が同平面上に。今奏でられているものと過去録音された素材が同平面上に。作曲と機材を制作することが同平面上に…。
で、今回このアルバム聴いていて、65daysofstaticはそっちを向いているのかもしれないと思ったのだよね。

全体の構成を見た時に二枚組という構成がまたそれを裏付ける。
三面のパッケージの両サイドに一枚づつ配されたディスクの二枚目は、長尺曲を中心とした6曲1時間の盤なのだが、これの内容はロック的なダイナミズム、抒情性をほとんど排して、もっとドローン/アンビエント/グリッチ/エレクトロニカ的な色彩を強めたような楽曲群で、これがディスク1と並列に配されてるということが作品としてのカラーの象徴にも思える。
終局においてポストクラシカルめいた展開に向かっていくと、そこにはバンドの面影はもうほとんど見いだせない。


一貫して彼らの音楽を特徴づけるものを見出そうとすると、ひとつは黙示録的な、世界の終わりになっている音楽、というような世界観、ムードというのが言える。
それは最初期には混沌としたリズムと破壊的なノイズギターに担われていたと思うのだけど、恐らく今はそういうモードは終わったんじゃないか、と思う。今はもっとインダストリアルな、暴力めいたサブベースやノイズドローンによって現わされるものなのではと。
『No Man's Sky』にインスパイアされたとのことで幾分かオープンなムードのある本作だけれど、やはり底に終わりが横たわっているような響きをどうしても感じるんだよね。
昔、2枚目が出たくらいのときにライヴを見て、あの時の最後の曲は確か"Radio Protector"あたりだった気がするけど、曲の終わりにフィードバックノイズの渦の中で、ステージ中央、ギターのヘッドを天に向けるようにして、イスラム教の祈りのように蹲っていた姿を今でもはっきりと思い出せる。
その時、僕には彼が何に祈っているのか分からなかったけど、今現実のこういうひとつの世界観の終わり、世界の終わりみたいな状況にあって、全てをフラットへと運んでいく彼らの運動の意味がやっと見えてきた気がしている。
最新型へとアップデートされ続ける世界の終わりのサウンドトラックはいまこんな風に鳴っている。



続きに最新のライヴ映像など

otaku young team

こんばんは!寒いですねー!
1月8日にセッションしたのですがその時の映像と改めてカチッとミックスした(してもらった)音源をアップしました。
音源はダウンロードも出来ます、ぜひ。かわいいアートワークもついてきます。
No! I am a long way to Saizeriya!
そして富士銀行へ……







 

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