Francisco Meirino & Miguel A. Garcia 『Nonmenabsorbium』 Don & Camille Dietrich 『Dietrichs』

『スプリット』観たんですけど、非常に独特なトリッキーでありつつキレのある見せ方+マカヴォイの役者魂と超絶演技が生む迫力のある怪作でしたね~ところどころ一人称視点カメラも有効に使われている点などは前作ヴィジットからのフィードバックを感じたりも。
ヴィジットといえばあれは全編がそんな感じでしたけど今回も…覗き穴や扉の隙間、あるいは音だけなど、ヤバイものがちょっとだけ見えるような演出の仕方ってとてもイイなと思いました。

あと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』観たんですけども。
劇場暗くなって予告が始まったとこで、隣の席にいつの間にかおっさんが座ってることに気づいたんですね。
それで、平日だし結構席空いてるけどなあ、まあど真ん中だしなあ…みたいに思いながら映画観ていたんですけど。
で、映画終わって、席立とうとしたら、そのおっさん、めっちゃ泣いているんですね。
おお…おお…とか言いながら泣いてるんですね。
おっさんが通路側の席に座ってたから僕は困ってしまったんですけど、実のところ上映中僕も結構泣いてしまって(何というかタイトルバックであの歌がかかる時点でもう駄目だった)、気持ちが分かってしまったせいかな。
なぜかそこで、声かけてしまったんですね。映画良かったですね、って。そしたら、良かった…良かった…っておっさん。
あいつら…家族って…なのに、おれ、こんな…っておっさん。
大丈夫っす、ヨンドゥ言ってたじゃないっすか、オマエはオレだって、ロケット言ってたじゃないっすか、クソガーディアンズオブギャラクシーにようこそって…って僕。
そしたらおっさんは僕の方を見て、そのときに分かったんですね。
いつも見てるそれより20年程も老けてくしゃくしゃだったけど、その顔は毎朝鏡で見る…
おっさんは僕だったんですね。


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art into life屋さんでどちらも購入できます


Francisco Meirino & Miguel A. Garcia 『Nonmenabsorbium』

当ブログではもう死ぬほど紹介してますがお馴染みFrancisco Meirino フランシスコ・メイリノのコラボシリーズ最新作。
レーベルのidiosyncraticsは他にもJean-Philippe Grossとかダークな電子系のものをリリースしているようで、この音源もそのカラー。
お相手のMiguel A. Garcia ミゲル・A・ガルシア、バンドキャンプがあったんで聴いてみたら、メイリノとコラボするのがよく分かるというか、わりと徹頭徹尾虚無的な機械作動音のモノクロ音響。

メイリノの一個前のコラボ作、エリック・アベカッシスとのものは若干辛い評価を書きましたけど、そもそも考えてみればメイリノはソロのほうが大抵いいしなぁ…みたいに思っていて…。
で、半信半疑ながらも今回のもの聴いてみたら、ウン、悪くないぞ、これ…。この、虚無感、好き。と孤独のグルメ風に独りごちてしまう満足感の高い内容だったな。
前回のコラボ作で問題に感じた、らしくなさ、いつもの音が出てないなっていう感じ…それが今回なくて、ああこれはメイリノだ、と思える音ばかりが鳴っている。
荒い感触の物理/現象音、接触不良気味なノイズ、作動音、バチバチと耳障りな切り換え。
音全体の設計、無機質な持続/ミニマル駆動音を重ねていくイビツなハーモニーの感覚。
空間的に音響を捉えてどこにどの音を配置するか?みたいな部分でも作り込みが見えて、そこもこの人のセンスの部分というところで。
二人ともわりと同じ方向を向いて音を作っているのが功を奏しているのですかね。
2年間に渡るコラボの結果の音源と書いてあるから、そういう長いスパンで作られたというのも関係しているのだろうけど。
やっぱコレだねという感じの、これはメイリノの音が好きな人なら聴いときましょうと言えるコラボ作になっている感じ。



Don & Camille Dietrich 『Dietrichs』
ラッセ・マーハウグのPica Diskから最新リリース。
Don Dietrich ドン・ディートリッヒと言えば2サックス+ギター編成の最強ノイズバンドボルビトマグースのサックスの片割れ。
もう片割れのジム・ソウターはオネイダのドラムのキッド・ミリオンズとデュオでやっているけど、こちらのドンの相方はなんと自分の娘。
このCamille カミーユちゃん、19歳とのことですが。
オイオイお嬢ちゃん大丈夫かァ~~?ノイズ、分かるの~?
とか噛ませ犬の悪漢風に言っていると脳天ブチ割られて死にさらします。
とんでもねえアルバム。

アルバムは全8曲のセッションからなり、"The Decapitator Suite"断頭鉤組曲というタイトルの通り、各パートのサブタイにプレリュード、メヌエット、カント、アレグロ…と含まれている。
因みに断頭鉤って普通は聞き覚えのない単語かと思いますけど、中絶の時に胎児の頭蓋骨を割る器具のことをこう呼んだりします。

ドン氏のトレードマークといえば過激エフェクトを通じてアンプに繋いだ極悪ノイズサックスだけど、今回はそれを封印して純粋なアコースティックのテナーだけで臨んでいる。そんなとこも、今回はおとなしめな作品?と思わせるのだが…。
再生を始めると即、この世のものとは思えないひび割れ捻じ曲がりまくったサックスが切り込んでくる。追随するチェロも神経症的ノイズをばら撒くパンキッシュな演奏。イ・オッキョンとかそっち方向の切れ味鋭いノイズチェロ。
こう言っては失礼だけど、ドンさん、こんなにサックス吹けたんだな…、という実に表情豊かな演奏…しかもそれは過激で狂った形での豊かさだ。普通の音は鳴っていないし、耳障り極まりない爆発音のような演奏だけど、そのテンションを保ったままいくらでも多彩な様相を見せてくる。
対する娘の演奏も大したもので、特に感心するのはそのレスポンスの良さ。これはやはり親子だからというのもあるのかな?相当なスピードで演奏は展開するが、テンションの上下やスピード感、音の切れ方繋ぎ方、絶妙に噛み合ったやり取りを見せる様はすでに即興演奏者としての貫禄みたいなものも感じさせる。
むしろ親父を煽るような部分すらあって末恐ろしいところだ。

クライマックスの16分間の煮えたぎるセッション"Wenis Supreme"に至って解体的交感のような雰囲気すら纏わす二人の演奏を聴いていると、ちょっとこれは親子で演奏しましたみたいなフックも全然要らん単にメチャクチャカッコいいノイズ即興のアルバムですよという感じ。
これは継続してやって欲しいし、アンプ使った演奏の音源も欲しいなあ。
カミーユちゃん、将来有望すぎるのでこれからもドンドンヤバい音楽やってって欲しいですね。


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Perlonex 『Perlonoid』 Joachim Nordwall 『The Ideal Black』

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お世話になっています。

最近もまたいろいろ映画を観ていたのですけど、特に印象に残っているのは『バーニング・オーシャン』ですかね。
2010年に起きたばかりの海上石油採掘施設の事故の話で、『サウルの息子』のときに"地獄の職場体験"という言い方をしましたけど、これもその系譜に連なるエクストリーム仕事ムービーと言えるのでは?
映画の冒頭で主人公の娘さんが親の仕事について発表するという学校の課題をやっていて、そこでこんなことを言うのが印象に残ったな。
お父さんの仕事は怪物を捕まえること。石油は恐竜の化石。石油は怪物なんだ。


あとsteamで夜廻というゲームを買って遊んだのですけど

コレ素晴らしくて。
サイコーの映画を並べてみるとほぼ共通していることのひとつに、最初のシークエンスは絶対外さない、っていうのがあるんだけど、これもまず、導入が完璧で。
ネタバレは絶対しちゃいけないタイプのアレなんですけど、ゲームでないと不可能な、それでいてゲーム慣れしている人ほど意表を突かれる、ゲームルール上のある聖域を暴力的に侵犯することで、プレイヤーを一気にゲームの世界に巻き込んでくる。
それによって主人公への感情移入…というよりは、秘密と責任の共有をムリヤリさせてしまうというところも見事で。
ゲームの雰囲気というか、世界観も良いのですよね。良いというか僕の個人的に持っている世界観にバシッと宛書されたような感覚。
言ってしまうと90年代的な風景…それも後から見たら忘却されていってしまうだろう、陰、の風景…を繊細に切り取っているのですよね。
今みたいなミニマルな建て売りじゃなくて和風の戸建てが並んでる風景、畳まないガラケー、自販機も街の灯もLEDじゃなく蛍光灯でパチパチとノイズをたてている…あるいは、公衆電話、役目を終えた工場、閉鎖してモールになる商店街、宅地になる田んぼ。静かに人が消えること。目の前の明かりと次の明かりの間に降りた深い闇。
そういう景色って、この主人公の女の子、小学生なんですけど、そういう時代にまさに自分が生きて見てきたもので。
きっとここはターミナル駅からバスで20分かそこら行ったような…田舎ではないけどかといって都会ではまずない、そんな狭間の…なんてとこまで想像できる。
ゲームデザイン的にいうとすごく今風だなと思ったのが、ビジュアルとサウンドが非対称にデザインされていること。
カメラ的には斜め上からの見下ろし視点をとっているのだけど、サウンドは一人称という。つまり、画面上の操作キャラクターがオブジェクトに近づいたり遠ざかったりすることによって、それのたてる音もかなり細かく距離感が変わる。ちょっとレトロルックなビジュアルに対して、サウンドデザインは写実的でほぼBGMなしの濃密な環境ノイズというのもまた良い。
そんな感じで褒めるとキリがないのですけど、とてもおすすめです。


あと今やってるアニメで、月がきれい、アトム・ザ・ビギニング、ゼロから始める魔法の書、の三本が非常に良くて毎週楽しみに見ています。
どれも派手さはないけどアニメならではっていうタッチで描かれているのですよね。
特に月がきれいには毎週僕の中の青春厨が殺されています。
中学生の頃電気のスイッチの紐でシャドーボクシングしていた人は必見かと思います。

あとドラマの光のお父さん面白いですね…
かなり高度なMMORPGあるあるみたいなのを深夜帯とはいえ地上波でも流せる時代になったのですね

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そんな感じで前置きがクソ長いのですが

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Perlonex 『Perlonoid』
パラノイド。
例によってart into life屋さんで買えます。
Ignaz Schick - turntable, objects, sine waves, live-electronics, feedback
Jörg Maria Zeger - electric guitars, live-electronics, feedback
Burkhard Beins - drums, percussion, objects, zither
お恥ずかしいことに演奏者も知らなければレーベルも知らんの状態で買ったんだけど、聴いてみたら実に良い。
ライヴエレクトロニクスのユニットと言うにしてはターンテーブル、ギター、ドラムスとゴリゴリの物理編成でもあるところなど、Textile Trioあたり思い起こさせて、良い予感しかしなかったのですけど。
内容としては46分一発録り1トラック。セッション…と言っていいものか、コンセプトはかなり明確に定めたうえで演奏しているなという印象。
冒頭から10分にも渡っての無色の持続音ベースのディープなレイヤードローン。変化は本当に徐々に徐々にといった感じで、もうずっと重くスローな展開。
15分程したところでパーカッションから堰を切った最初の山場があって、ここではターンテーブルの神経症的切り刻みノイズと低域寄りの暗黒の坩堝なカオス音響がドッロドロに溢れる。
テレビがなかなか消えないと思ったら写った井戸から貞子が這い出てきたみたいなところをイメージしてもらうとかなり近い感覚と思います。
再びパーカッションがシンバルを打ち下ろし、唐突な音響的切断。はぁよかった貞子帰った。ま、再びここから重苦しいディープノイズの積み上げが始まるわけですけど。
音の様相を変えつつ展開としては再びの感じで、一番メロ一番サビ二番メロ二番サビみたいなハッキリした構成がコンセプチュアルと感じさせるのかな。
二度目のピークでは今度は耳障り極まりない刺々しいエレクトロニクスノイズの針のムシロのようなサウンド。
なんとも不穏で荒々しく聴き手に忍耐も要求する気難しい音楽ではあるのだけど、この手のじわじわダークなものが好きな人にはタマらん一枚でしょう。



Joachim Nordwall 『The Ideal Black』
盤は入手難しいようだけどブームカットで買える。
先月に出たばかり、5曲40分の内容。まずタイトルが最高っすよね。真黒、究黒、極黒、黒の焦点。黒のイデア。オレも自分でかなり重篤な中二病だと思ってますけど、本当に最高だと思うものが出来ない限りこのタイトルはつけらんないなっていう。
そんな感じでイデアル・レコーディング主宰、ヨアキム・ノルドウォール。
ソロでは初めて聴いたのですけどこれがちょっととんでもない内容。

わりと電子音楽の人という認識でいたんで、まず意表を突かれたのが、とてもライヴ感のあるエアー録りっぽい音響。物理的な音の響き。
ジャケ見ても何をやっているのかイマイチ分からん。
鳴っているのは、スタジオでアンプのフィードバックを受けたスネアの振動音みたいな響きや、どこまでも深い低域の点描ベース音、高温でハウリングするように漂う電子音。大型の機械の稼働音。ミニマルで展開のない、ただ倍音が空間を満たしていくような…。モヤモヤしていて色彩を感じさせない音風景。
これ、解説などを翻訳してみるととても面白いことを試みているのが分かる。
Sunn O)))ばりにスタジオにアンプの壁を作ってそこに無数のトーンジェネレーターを接続、その際のセッティングの肝として共振周波数を設定するような方向で音を作っていると。
いや、全然ナルホドとはならないんだけど、一応言ってることは分かる。ただ、それやろうとして実際にやっちゃう人、絶対いないですよね?という。ヘタするとちょっとじゃなく設備壊れますよね?という。
そんな形で作り上げられた音響は、実際に空気が、空間が、あるいはもっと即物的に演奏スペース(スタジオ・部屋)が振動することによって生み出されるナマの深みに満ちたダークマター。悪酔いしそうなほどの濃い闇だ。
電子音楽、電子音響というものは、とくに部屋リスナーでいると、音という現象が振動、物理の運動であるということを忘れさせてしまうのだけど(イヤホンやヘッドホンの中でだって振動が起きているにもかかわらず…)、この音響の生成という現象をプリミティヴに可視化する音楽は、音楽の暴力性を今一度つまびらかにしてリスナーの脳内に立ち上げる。
頭蓋で反響し脳を揺さぶるがごときサウンドはある種音楽/音響のかなり本質的なところに手を掛けているような感覚すらあり、聴いていてフト怖さを感じるときがある。
こういうタイトルがついているのだから僕もこういう引用をしても許されると思うのだけど、あの言葉を思い出さずにはおれない音楽なのだ。
すなわち、
心せよ。きみが深淵を覗いているとき、深淵もまたきみを覗いているのだ。


暗黒音楽だ


先日亡くなったミカ・ヴァイニオとも一緒に演奏していたのだな。
この人もダークな電子音楽の作り手として大きな存在感のある人だった。今回のことはあまりにも早い。
ご冥福をお祈りします。
 

T美川 & John Wiese 『Oblique No Strategy』 Eryck Abecassis & Francisco Meirino 『La Gueule Du Loup』 Maulizio Grandinettei 『SEEK』


曲を作りました


シングという映画を観ました。
ワーナーのCGアニメ。この手のCGアニメ映画というのを今まで全然見て来なかったんですけど、今こんなすごい映像作れるようになってるんですね。まずそこで感動。
話は大筋としては棚ぼた的ご都合主義で進んでいく感じではあるんだけど、軽くはない。というのは、ユーモアの影にいつも淡く悲しみが滲むような絶妙な語り口が効いているからで…。
登場人物(?)の中に25児の親ブタのロジータというのがいて、彼女も映画の主題になっている歌のコンテストに出たいのだけれど、家事育児に追われてそれができない。で、どうするかというと、ピタゴラスイッチ的に舵をこなす機構を一晩のうちに作り上げて家の中に設置してしまう。このくだりはユーモアに満ちているけれど、一方でそれができるのはロジータが今までいかに自分を殺して機械のような暮らしをしてきたかということでもあるわけです。
そういう日常の悲しみ…フラれた、親が分かってくれない…(いろんな動物が、っていうのを聞くと政治的正しさ的な寓意の話と思われるかもですけどそれはほぼない、というのもミソ)がクライマックスにおいて一気にポジティヴなものへと転じて解き放たれる。
悲しみなんて歌にのせて吹っ飛ばすというその音楽、歌へのあっけらかんとして曇りのない信頼、めちゃくちゃ楽しいのに目汗が止まらんくなってしまいましたよ…。
いくつものダメさを希望に変えて、昔どこかで聴いたあの歌たちに乗せて人間(以外による)讃歌を歌い上げるという、なにかガーディアンズ・オブ・ギャラクシーにも似た映画かなと感じました。というわけでこういうものこそちびっ子たちのところに届いてほしい。
そしてオレがちびっ子のとき繰り返し見てたネバーエンディングストーリーみたいな映画になればいいなと思いました。


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今回紹介してるやつはどれもart into life屋さんで買えるかと

T美川 & John Wiese 『Oblique No Strategy』
John Wiese ジョン・ウィースのレーベル、ヘリコプターより。
15年の来日の際に落合soupで録音され、翌年パリのGRMスタジオでミックス作業が行われたとの事。
タイトルはブライアン・イーノの創作メソッドOblique Strategyからですかね。
インキャパシタンツのT美川とのセッション音源ということで、ウィースは近年のスタイルになってからセッション音源というものをあまり出していなくて、その意味でも面白い一枚。

4曲40分で、冒頭から清々しいほどのノイズの嵐。
金属音とうねる電子音が猛烈なスピードで絡み合う。静かな展開などもなく基本は原点回帰したようなハーシュノイズ。
近年のウィースのミキサーを用いたスタイルの色がよく出ていて、突飛で切断的な展開はあまりなく大きな流れの感じられる演奏。
サウンド的な仕掛けの少ないというか、正面から音で押してくる感じはセッション音源らしく。ツボを押さえたミックスとも言えるかな。
後半二曲のスローに湧き上がってくるような展開が特に好み。
唐突な幕切れも良い。


Eryck Abecassis & Francisco Meirino 『La Gueule Du Loup』
フラグメント・ファクトリーより今年の作品。タイトルは狼の意。
うちのブログでも過去にそれぞれ書いているけれど、ベース+シンセ+ラップトップのサウンドシステムを操るカスパー・ト―プリッツ門下のアーティストErick Abecassis エリック・アベカッシスとお馴染みのコンクレート職人Francisco Meirino フランシスコ・メイリノによるセッション。
こちらも上の音源と同じくパリのGRMスタジオ絡みで、こちらはそこで録音されて翌年に彼らのホームスタジオでミックスとエディットが行われたようだ。

二名とも近年になってかなりモジュラーシンセを多用しだしたアーティスト。
くわえてそうなってからも所謂モジュラーシンセの即興演奏という感じの音になっておらず、むしろアーティストのカラーがかなり前面に出た独特の音を作り上げているという印象。
そんな感じで期待して聴いてみた。
バツバツと細切れのノイズ、複雑なハーモニーを生む持続音、物理音めいた硬質の響き、それらが精緻に複雑に組み上げられた一個の音響として提示されるところはさすがという感じ。
なのだが……彼らがそれぞれのソロで作り出していた、この作家以外ではあり得ない、という独特なサウンドカラーは出ていないように感じる。
おそらくスタジオの機材を使っているのかな。
電子即興セッションとして刺激的な作品ではあるけどこの二名のならではの音というものが刻印されていればもっと良かったかな。


Maurizio Grandinetti 『SEEK』
ユナイテッド・フェニックスというよく知らんレーベルより16年作。
このMaurizio Grandinetti マウリツィオ・グランディネッティというおっさん、調べてみると普通に人の良さそうな感じなのだが
maurizio grandinetti
演奏はとんでもねえブチ切れまくりのギタリストである。

様々なコンポーザー/アーティストの曲を独自の解釈で演奏するというのがこの人の手法なのだが、選んでいる人たちの幅広いこと。
自分にはほぼ現音/前衛系の人しか分からないけど(エリオット・シャープとかもいる)トリップホップの人なんかもいるようだ。
演奏には普通にエレクトリックギターと多数のエフェクターを用いる原理的な方法なのだけど、手元からかなり捩れているであろう脳内風景が漏れ出しまくっている。
一発目の現音作曲家Alex Buessにょる"ata - 11"という曲では13分の尺を使ってオルガン的持続音/シーケンスフレーズ/輪郭のはっきりしない抽象演奏を出し入れするが、途中突飛にもデジタル歪みで原音の消失した破壊的ノイズギターが投下される。
意味不明すぎる。
スピーディで細かなフレーズやタッピングを多用して、ジャズ的なテクニカルな演奏も絡めつつ、曲によっては反復のミニマル表現もあり、様々な表情を見せるものの、いきなりキレキレのノイズギターをカマすあたりは共通していたりする。
ギターソロだけでお腹いっぱい感があるのに後半においてはフィールドレコーディングや謎のソウルフルな歌まで流してきたりするのでなお手に負えない。
ともに現音系のJunghae Lee "Lunatico"、Volker Heyn "Electric Cat"の演奏が特に、この人ならではの突拍子のないサイコ感、ビヨルケンハイム的歪んだ超絶技巧、人の曲だけど俺の世界を聴けという強力な意志を叩き込まれている気がして好み。


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今日はそんな感じで

あと来月やるライブの告知サイトができていたのでよろしくお願いします
ペンギンハウスで僕と握手!あるいは機材にタッチ


 

Francisco Meirino 『Surrender, Render, End』



/アパートの話1、あるいは、
■1 Surrender

数年前働いてた職場に行く途中の道に変な建物があったのだよな。
見た目は築2、30年のアパートって感じで、コンクリ作り、二階建て、4部屋かな。ボロボロで明らかに人は住んでいない。建物の前に庭のようなスペースがあるのだが、砂利が敷いてあるだけで、黄色いロープの柵で囲ってある。変なのはここからで、一階部分、建物正面に部屋ごとの大きな窓と(これも変な構造だが)その隣に各部屋の扉?らしきものがあるのだね。らしきもの、と書いているのは、見えるのは扉が填まってたと思しき窪みしかないから。窓と扉は、填まっていたはずの窪みにぴっちりと合板の目張りがされていて、建物の中は全く見えないという形。こういうの、大きな建物の取り壊し前とかは見るけど、個人とか小規模な住居ではあまり見ないなと。で、二回の部屋への入り口は無いんだなこれが。
裏に階段でもあるのかと思い回ってみると、隣の土地に別のそこそこ大きな家が建っていて、こちらは草が荒れ放題の庭らしきスペースに三台の廃車が放置されてるというまた妙な趣。擦りガラスの窓から見える家の中は段ボール箱やら一斗缶やらが積み上げられていて、見た目は一軒家でも実際は倉庫のように使われているようだ。

で、ある時、職場に近くから通っている同僚の人に聞いてみたんだな。毎日前を通って、あんまり気になるもんだから。
ちょっと行ったとこに変な建物あるじゃん?なんか板の目張りで入れなくなってる……と。
ああ、あそこ。入れますよ。昔、同じ大学の奴が入ったんすけど。
裏の家がぴったりくっついてるじゃないですか?あっちから入るんすよ。
でも、入んないほうがいいですよ。


/変な幽霊の話、あるいは、
A. Arguments(for Laziness)

通っていた学校が海岸沿いの丘陵の町にあって、そういう町の宿命として、この町もとにかく坂が多かった。
直に海に流れ込む川が通るせいか町全体にそこはかとなく潮のにおいがしていて、足元を見れば蟹が這っている。住宅地と森が拮抗する中を割くように坂道がいくつも走っていた。
そんで、そういう坂道のうちのひとつに、妙な噂のある坂道があった。町のなかでもとりわけ古い一角で、時代錯誤の感がある石垣のでかい家や、池まで備えた庭付きの寺社が点在していて、勾配を段作りにして無理矢理眺望をつくっているような。とはいえ、錆び付いた看板が張り付いた木の電柱なんかはなかなか雰囲気がある。
件の噂というのはこうだ。夜、日付の変わるころの時間にこの坂を歩いていると、坂に入って6、7分ほど登ったところの電柱の足元に人が立っている。街灯で確認できる姿は薄汚れたジーンズに白いポロシャツで、こちらに背を向けて電柱に向き合い、じっと立っている。黒い髪が首元まであって性別は分からない。妙なのが、この人は今海から上がってでも来たかのように全身濡れ鼠で、ポタポタと水を滴らせている。少し近づくとツンと潮のにおいがする。不審な様子のこの人に声を掛けてみても、こちらを振り向きもしない。
さらに近づいてみて、やっと気づく。この人は最初からこちらを向いていた。頭だけが体と逆、後ろ向きについていたのだ……。
というものなんだけど、変な話なのはここからだ。普通に考えて、夜中にびしょ濡れでボーッと突っ立ってる人に声掛けないだろう…という疑問が湧くのだけど、これ、実際に遭遇すると、なぜか普通の人と勘違いして声を掛けてしまうらしいのだ。途中で姿が変わったりという話もなく、なぜか勘違いして声を掛けてしまう、と言われていた。呼びかけるどころか肩を叩いてしまうというヴァージョンまであった。謎だったなこれは。


/アパートの話2、あるいは、
■2 Render

件のアパートに侵入しようと言いだしたのは二回生のO林という男だった。大学の夏休みで暇を持て余したところにそんな奇妙な場所の話を聞き、更にはそこには裏側に建つ別の家から入るのだという奇妙な話までついてきたので、すぐに人通りのない夜を狙って入ってみようという話になった。
O林を含む四人の男子学生は深夜1時頃アパート前に集まり、はじめにアパートの窓や扉の窪みを確認してみたが、やはりそちらからは入れそうもない。裏手の家に回ると、背の高い雑草に埋もれた庭の向こうに装飾のついた扉が見える。家の色はベージュで、二階建て。外見は荒れてはいないが手入れされている様子もなく、人が住んでいるようには見えない。とはいえ持ち主のあるものかもしれない、慎重にゆっくりとドアノブを捻ると…開いている。こちらから入れるなんて話が流れているくらいだから誰かが入ったということになるのだけど、にしても意外なほどすんなりと入れてしまう。
家の中は埃くさく、暗い。天井に目をやると、玄関から先に続く廊下まで照明はすべて取り外されている。擦りガラスの填まった入り口扉から街灯の灯りがわずかに入るが、玄関の周辺しか見渡せない。スマホのライトを付けて家にあがる。玄関からまっすぐ続く廊下はリビングらしき両開きのドアに続いていて、向かって右に二階への階段、左には襖扉がある。普通に考えると、階段下の扉はバスルームか物置きか。外から見えた様子でゴミ屋敷かと思ったが、段ボールがいくつか転がっているだけで、意外と片付いている。
手近の襖扉を開くと畳の寝室になっていた。壁際に段ボールやコンテナが積み上げられている。外からああ見えるのは、このせいか。畳に足を一歩踏み出す、と、ぶじゅっ…という音と微かに沈む感触がした。異様に湿っている。気付けば、なにか生臭いにおいが漂っている。気色悪く思ったのでこの部屋に入るのは断念して、廊下奥のリビングを調べることにした。
玄関に戻ってくると、メンバーの中のY﨑が、気分が悪い、ここで待ってる、と言いだした。ノリが悪いなと思ったが、Y﨑は廊下脇の階段に座り込むと、両膝を抱えてその上に顔を伏せてしまった。


/人フォルダの話、あるいは、
B. In Need Of Anything,No,Perhaps Nothing

ネット上に散らばる画像を収集するっていうのは結構一般的な趣味で、そういう人は大抵画像をフォルダに仕分けして整理している。猫フォルダ、風景フォルダ、みたいな具合。まあ僕はホラー映画ポスターフォルダとかクソジャケフォルダとかそんなんですけども。
(人のことは言えないが)悪趣味な友達がいて、そいつが自分の画像フォルダを見せてくれた。フォルダには「人」とタイトルがついている。納められているのは人物写真。日本人だけでなく…というかほとんどが外人で…人種も性別も年齢も様々で、心なしかいわゆる自撮りのように見える写真が多いように思う。
これは何?と聞きながら適当に一枚の写真を指差してみる。白人の少年、16、17か?こちらは半分見切れているけど、別の少年と肩を組んで楽しげだ。
「これは誕生日の写真ですよ」
それは何となくわかる。例の三角形のパーティー帽子を付けているところから見るに。
「この子、この写真フェイスブックにあげたあと、すぐ二階の自分の部屋戻って拳銃で頭撃ってんですよ」
え。じゃこれは。
「確かこっちの人は自撮りしながら道歩いてて、この5分後にスマホ運転の車に轢かれて死んだみたいですね。
それからこっちは度胸試しでこんなとこ登ったみたいだけど、この後すぐ結局足踏み外して落ちたって。」
これ、マジなの?
「マジというか……べつに想像つくと思いますけど、結構、みんなずっと撮影してるし、ずっとどこかしらにあげてますよ。
自殺中継とかすら珍しいことでもないし、これから自分が死ぬ事知らずにいる人なんか、尚更ですよ」
ちょっと唖然としながら見ていると、フォルダの一番下に「他人」と名付けられたサブフォルダが置いてある。
「ああ、多分こういうの好きなんじゃないかな。こっちは…」
と言って、「他人」フォルダの一枚目を開くと、それはアジア系の混じった欧米の若い女性のバストアップの写真だった。
場所はワゴンのような大きめの車の中か。それまでの写真と決定的に違うところがある。
女性は灰色の太いテープで目と口を塞がれている。テープが貼られて長く経っているのか、その縁が鬱血したようになっている。
「こういうのってすぐ消されるんですよね。これも本人のインスタグラムに上がって、すぐ。
で、この人、行方不明で、まだ見つかってないんですよ。もちろん、撮影したやつも。」


/アパートの話3、あるいは、
■3 End

仕方なくY﨑を玄関に置いてリビングに入ると、ソファと背の低いテーブル、アップライトピアノが設置してあり、奥はダイニングキッチンになった広い空間になっている。妙なことに、冷蔵庫の動いている音が聴こえる。ここでも壁際にはものが積み上がっている。
散らかってはいないが、濃いほこりのにおいがする。蒸し暑い。
肝心の件のアパート側の壁を見ると…、濁ったガラスの填まった両開きの引き戸があり、その向こうにアパートの外壁が見える。奇妙なのはそこだ。
アパートの外壁には、濃い茶色に塗られた重そうな…ちょうど学校の体育館の扉を連想させるような…こちらも両開きの引き戸があり、この家側から開け閉めできるようなノブ式のシリンダー錠が付いている。
その異様さに気圧されつつ、近づいてみると、家とアパートの隙間の地面にびっしりと蛾、得体の知れない虫の死体、鳥の小骨のようなものが落ちているのに気づく。尋常でなく嫌な空気を感じて、もうアパートには入らなくていい、戻ろうということになり、玄関に向かう。
おい……、
と、玄関脇の階段に座り込んでいたはずのY﨑の姿がない。
気分が悪くなったと言っていたから、先に外に出たのだろうと思って、玄関から出て外を見てみる。いない。
建物の周りを半周しアパート側の前に回ったとき…カコ、カコ、と、アパート前面のドアらしき窪み、そこに填まった板が動いた気がする。疑問に思い近づくと、

あ゛け゛ろ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛!あ゛け゛ろ゛よ゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛!!

バン、バン、とあちら側から叩いている音がする。Y崎だ。どうやったか知らないが、アパートの側に入ってしまったのか。しかも様子が尋常じゃない。こちらからも板を押したり蹴ったりしてみるが、動く様子がない。やっぱり裏の家から入るしかない。
全員で改めて裏の家の側に回り、玄関のドアを開けた。
…え?
しんと静かな空気と目の前の光景に一瞬理解が追い付かない。
玄関脇の階段に、膝を抱えたY崎が座り込んでいる。混乱しつつも、
おい、
と、声をかけてみるも、反応がない。家の奥からじっとりと嫌な感じがして、ひとまず外に出ようとY崎を両脇から抱え上げると、ズボンの裾がびっしょりと濡れて、全身が小刻みに震えていた。

それから声を掛けても反応がなくうつむいたままのY崎を何とか車に乗せ、家まで送り届けた。そのあとのことは覚えていないらしい。

…と、まあ、そんなことがあったんで。あれには近づかないってことになってて。取り壊しとかもできないって話ですね。
へぇーっ、マジなの?聞いた話っしょ?と探りを入れてみると、こんな話もしてくれた。
その夏休みの明けに、大学の学内掲示板にちょっとした注意が張り出された。
いわく、先日、本学の学生による不法侵入事件がありました。該当の学生は、警察より厳しい注意を受けています。ついては、皆さんも、本学の学生としての自覚を持ち、云々……。
変に思ったのは、その掲示の下にA4の紙にプリントした写真が貼ってあったことだそうだ。
あのアパートだった。窓には目張りの板がない…と思いきやその中はべたっとした闇で、昼間の写真なのに中はまったく見えない。と、学生課の職員がやって来て、その写真を剥がして丸めると、どこかに歩き去ってしまった。
O林はその話を一度教えてくれたきり、二度とすることはなかったが、一緒に駅前を歩いているときに一度へんな事があった。
急に立ち止まって「え?」と言ったのでO林のほうを見ると、Y﨑?と呟いている。視線を追うと、呆けた顔の男が車椅子に座っていて、家族なのか、厚着をした女性に後ろから押されている。
…と、そんな話を聞いた。
最後に訪れた2年と少し前、件のアパートはまだ同じ場所にあった。



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続きにライヴ映像等
 

Eryck Abecassis 『Ilumen』

ヴィクトリアという映画を観たのですけどとんでもない作品でしたねこれが。
普通、2時間の映画というのはカット数にして1000カット以上あるものなんですが、この映画は134分1カットという無茶無理無謀を成し遂げてしまっています。
それでひとつの部屋で人が会話するだけとかならまだ分からなくはないものの、この映画はバリバリ車やチャリも駆使して街中を走り回ってます。
で、更に驚くべきことに、脚本も12ページのアウトライン的なものしかないと。会話などほとんどが即興なのですね。で、どんどん撮影に不測の事態が起きていくのだけど、役者たちが物語に食らいつくように即興で映画を回していく。
これで実験的とかそういうんでなく普通に映画として見て完成度が高いと来てるんで…。
何だろう、全く見たことがない、狂った映画だけど、ひとつの究極的な表現でもありますよね。
これは観たほうがいいですよ、単純にスクリーンでこんなとんでもないもん見られるのって10年20年に一度あるのかなっていうそういう作品なので。


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art into lifeさんで再入荷と品切れを行ったり来たりしてるけど要望出したらまた入荷してくれるんじゃないですかね

実験電子音響~ロウなテクノで近頃人気のEntr'ateよりカタログ189番、2015年のリリース。
Eryck Abecassis エリック・アベカッシスは現代音楽~電子音楽~大規模なインスタレーションまで手掛ける音楽家で、演奏者としては特にベースギターやモジュラーシンセ、ラップトップを組み合わせたシステムを扱う。
この辺りの機材構成からピンと来るかもしれないけど、うちで何度か取り上げてるKasper T. Torplitz カスパー・T・ト―プリッツの門下であり、彼の主宰するベースギターのみのノイズアンサンブルSleaze Artにも参加する。


こんな感じ

このアルバムもベースギター・モジュラーシンセ・ラップトップのセットで制作されているとのこと。
まあト―プリッツ門下だけあってベースギターの要素は正直全くない。
タイトルのIlumenってのは何を表しているのだろう。I-lumenって想像すると、ルーメンは電球の光量の単位だから、音の質感と結びつく部分もある。
てなわけで音聴いていきましょう。


残念ながら僕はモジュラーシンセを本格的に触ったことはないけど、この手のツマミが沢山ついたアナログなシンセというのはそこそこうちにある。で、色々いじっていて思うのは、この手のものというのは多かれ少なかれシーケンス単位で音を作ることを前提にしている部分がある、ということ。
小さな単位でループを作ってそれを少しづつ加工していくとか、そういうことを得意としている。モジュラーシンセが今流行っている中で、基本テクノ方面で利用されているのもそういう部分なのかなと思ってて。
骨格を作り、肉付けして、色を乗せ、そういう使い方をするのが自然な機材なんじゃないか。
なんでこういうことを書くかというと、このアルバムを聴いてて、シンセの音だけどシンセの曲作りじゃないって感じたからなんだよね。

7曲40分というコンパクトな尺からも分かる通り、この人はあんまりじっくり曲を展開させるようなことはしていない。
むしろ、曲を構成する気がないような身振りでもって…何というか…幹が、中心が取り外されているように感じるのだよな。
心臓も肺もなくて、ただスケール感の狂った手足が付いているような。そこまで多くの層を持たない単純な構造の中で、ひとつひとつのノイズの持つ質感に対してフェティッシュにフォーカスしていく、その結果として、盛り上がりであるとか、拡がりであるとかいった、楽曲をそれたらしめるような一貫した連続性が消えている。前向性健忘のシンセサイザー。
音楽的なものを注意深く避けながら、絶えず前景を否定していく、そういう運動の記録という感じがする。
しかもカットアップのように音が途切れるわけではなくて、厚塗りをするように像を更新していくから、歪な濁りがあってこれがまたアナログでダークな響きをつくっているんだよね。

やはりクライマックスの"partout, zero, nulle part"を聴いてもらうのが手っ取り早いと思うんだけど、ここではばらばらの刺々しいノイズの破片がいくつもあって、しかしそれらが曲のフレームの中で統合される気配がまるでない。こう、今日はここまでぜんぜん曲という単位で話をしてないんだけど、何かこの人の音は曲という単位にすら普段の否定の慣性が働いているという風に思ってて。つまり、曲としてこれがどんな曲だったか?ってイメージがまるで浮かばない。ただ、細かな断片断片で刺激的な音像があって、それらのイメージがいくつもばらばらと思い出される。

シンセのトーンへのフェティッシュな拘りとか、例えばCarlos Giffoniのソロ音源に感触としては近いものがある。
ただ、あっちが(一貫しすぎているほどに)一貫性のある内容なのに比べて、この人はもっとミクロな単位での音それぞれのディティールにしか興味がないような印象。
そしてそれを細かなノイズエレクトロニクスやもっとオーガニックな機材でなく、モジュラーシンセ中心ってことでやっているから面白い。
シンセとの静かな戦いの記録みたいにも思えるのだ。いかに道を反らすか?いかに意図から外れていくか?怪物を抑えつけるような手振りで、実はシンセと仲悪いんじゃないか?とすら思わせる、でもその無理矢理抑えつけられもがき唸り硬質でビリビリとえぐるような耳障りなトーンこそが狙いなのかもしれないな。



続きにライヴ映像
この人本当にいろんなスタイルの音楽をやっていて面白い
 

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