Ensemble Phoenix Basel plays ILIOS 『El anillo que sujeta el mundo de la forma al mundo de la idea』 D'incise 『Ukigusa』 牛尾憲輔 『Inner Silence』

※7/13 『Inner Silence』について書きたいこと全然書けてない気がしたので追記しました…


昨年の映画のソフト化が出そろって来たので先日何本か買ったのですけど、やはり『怒り』、すばらしい映画だなあと。
メイキングやインタビュー、キャストコメンタリ等色々入っていたのを一通り見てみて、確かにこの映画は役者たちの演技が素晴らしい映画ではあるんだけど、その言い方では一段足りない、必要な箇所にピンポイントで限りなく本物に近い感情を置いていくか?そのための作りっていうのを綿密にやっているんだなあと。


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今回は上の二作は例によってart into lifeで買えますけど。

Ensemble Phoenix Basel plays ILIOS 『El anillo que sujeta el mundo de la forma al mundo de la idea』
タイトル、長すぎる!
メイリノとの共作盤でちょっと紹介したのかな?ILIOS イリオスはちょっと正直プロフィールとかがあまりよく分からないのだけど、やっているユニットのMohammad ムハンマドでも個人名義でも音の方向性は基本的に変わらず。かなり硬質で無機的なドローン。
で、そのやっているユニットのほうのムハンマド、独特なのは編成。
3人のときと2人のときがあって、どちらもチェロやバイオリンのようなクラシカルな弦楽器とエレクトロニクスの組み合わせになっている。
そこで今回の作品。そのイリオスの作った楽曲を現音アンサンブルと一緒に演奏するというもの。
総勢11人の編成はバイオリンやコントラバス、クラリネット、フルートにエレクトリックギター、キーボードなど、そこにオシレーター/フィールドレコーディングでイリオスが加わっている形。
これ聴いていて思ったのが、拡張版のムハンマドだなということで。
一曲42分でもう全編ストイックなチェンバードローン。全体がひとつの持続音となって、楽器の輪郭は見えない。ほぼ電子音に聴こえるくらい。
ドローン系ではわりとありがちなことながら、これを作曲ってどういうことなの…ってなるのだけど、音のレイヤー的な変化は結構豊かで、最終的には相当分厚く大きなうねりを持った音に変化していく。
こう生ドローンのおいしい部分、空間の響きも込みで鳴っているものの感触そのものを楽しむという音源かなと。


Ensemble Phoenix Basel、何気にギターがマウリツィオ・グランディネッティなんですね


D'incise 『Ukigusa』
お馴染みD'incise(読み方分からない)の最新作はなぜか純和風のアートワークに大量のオマケ付き、内容はプリペアド・ビブラフォンを使った自作曲の演奏という、今までの感じとだいぶ異なるもの。
とはいえ聴いての感触は彼らしいミニマル。もともとスネアとかの物理的な音響を用いている事、加えてよく組んでやっているドラム/パーカッションのCyril Bondi シリル・ボンディも参加しているとあって、パッと見の感じに反してあっ、これはD'inciseだな、という音になっている。
スコアが付属しているのだけど、これが演奏の様子が想像できるほど具体的な内容で、プリペアリングには何を用いるか(アルミニウムや発泡スチロールなどの記述がある)、BPM、マレットや弓など演奏に用いるもの、音程までCDEと普通に書いてある。
もっと抽象的なグラフィックスコアみたいなもので半即興的に演奏するのかと思っていたので、ここまで音楽的にカッチリ作っているということに失礼ながら少し驚いた。
聴こえてくる音はプリペアドがうまく作用している感じ。様々なタッチの点描めいた物音のほか、電子的なフィードバックのような持続音(弓を用いていると思われる)、キリキリという金属音など、意外にも豊かな音がしかしシンプルに静寂の中で時を刻んでいる。
アコースティックな響きの丸みもあって…自然音、環境音のような非人格的なとこもあり…なんかアレですね。ししおどし的な感じというか。なるほどこのアートワークは結構音と結びついているのかなという。
そんな用途で流しておくのもよい気がする。


この映像がとてもD'inciseらしいなと思っている


牛尾憲輔 『Inner Silence』
これがちょっと特殊な音源。
一番最初に書いた通り昨年の映画のソフトをいくつか買っていて、その中にアニメ映画の中では最高だったなって思っている聲の形のBDもあって。
これのサントラについてはここでも何度か書いている通りで、斬新なノイズ/実験音響が作品のテーマ、手触りと深く呼応しあう、昨年のベストサントラだろうと思っている。
で、今回、BD化にあたってサントラ未収録の新規音源が収められていると。まあ聴いてみたんだけど…。
ちょっとしたオマケ、ボーナストラック的なものだろうと想像していたら、これがとんでもない。
サントラCDに収録されなかったアウトテイクではなくて、そもそもCDに収録するのが不可能な音楽作品なのだよね。
どういうことかというとこれ、サントラのパイロット版的に作成された音源をベースにしたもので、当初は映画の上映中ずっと一曲を流し続けるという構想があったらしい。で、この映画、二時間ある。つまり…二時間一曲のアンビエントドローン作品がこれ。
これが他のジャンルであれば、何枚組にでもすればいいのだけれど、ドローンというジャンルは、途切れず持続していることが所与の条件であるために、フォーマットの収録限界に敏感だ。平たく言って、80分以上のドローンの楽曲はCDフォーマットでは通常作れないということになる。
今作がそのフォーマットのおかげで二時間ものドローン楽曲を可能としていること、これだけでまず価値ある音源と言えるように思う。

トーマス・ブリンクマンの『1000 keys』はピアノの音を解体再構築して作り上げられた覚醒的なアコースティックテクノだったけど、この『Inner Silence』も似たかたちで作られている。例のピアノの機構が働くノイズを精密に捉えた演奏とアンビエント的なヴェールのような持続音が組み合わさっているのだが、その持続音の部分もピアノの音を加工して作っているとのこと。
音全体の感触はウォームでくぐもったような…多少水温の高い水中に潜っているような、独特なもの。あるいは、両耳を手で塞いだときに聴こえる音に似ていると言えるかもしれない。ここから得られるイメージはいろいろあって、例えばあの両耳を手で塞いだときの音というのは鼓動とか血流の音であって、あれは胎児が胎内で聴いている音にも似ているそうだ。この映画はある意味では生まれ直しの物語、ある瞬間に社会との繋がりがドラスティックに結び直されたことを知覚するという物語であるということ。
あるいは、オルガン、という言葉の語源は、人体の器官であるということ。ピアノをそのように捉えた音楽とも呼べるような。
もうひとつが、キャストインタビューで言っていたことのうちに気になったものがあって、劇中に花火を見るシーンがあるのだけど、そこで主人公たちがコップに飲み物を持っている。花火の振動で飲み物に波紋がたつ。それで、あ、音は分からないとしても振動は、身体で感じる振動は分かるんだ、とそのキャストの人が言っていて、たぶんこのドローンが志向するのもそういう音響であるとうこと。

この作品は映画の音声トラックとして作られているので、BDへの収録の形も本編の音声トラックとして聴くというものになっている。ここが重要なのだけど、劇伴ではなくて音声トラックだ。つまり、サイレント映画形式、しかも映像と基本的には同期しないアンビエントドローンが鳴っているのみ、という。
時折の瞬きのような音の変化に偶然的に映像が噛み合うような瞬間にはっとさせられつつも、基本的な体験としては…あれに似ているかな。ヴィルヌーヴの『メッセージ』。音が映画の中の時間間隔をも捻じ曲げるような。
『インターステラー』で同じ事をやっていたように記憶しているけど、5.1chで制作されているということも面白い。それを存分に味わうために、ステレオヘッドフォン/イヤフォンを用いてサラウンド音響を再現するという音声モードがBDに入っていて、包み込むような音響にどっぷり浸かれる。
映画的な意味でも相当に実験的でありつつ、単に音楽として聴いても素晴らしい完成度。
そしてこれで観ていて本当にいい、美しい映画だなと改めて。
というか、この音の中にあってこそ、アニメーションの美はプリミティヴに立ち上がる。すなわち、そう振る舞うこと-仕草がすべて-そう存在するということ、意味から離れて、動くこと-アニメイテッド-によって生きるということ、つまり、こう捉えることはできないか?この子供たちはドローンで踊っているのだと。そこに現れるのは生きること=踊ることという、アニメという表現そのものの孕むひとつの究極的なテーゼであるはずだ。
だから僕はこの映画のクライマックス、あの美しいノイズの溢れるクライマックスにどうしようもなく涙してしまうのだろうな。すべては音楽で、音楽はいつも鳴っている。生はもう祝福されている。
本編のあの音の感じが好きならこれは買って損しない、聴く価値のある音源。ぜひ。

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Strotter Inst. 『Miszellen』 Phurpa 『Gyer Ro』 『Gyud』

映画の『メッセージ』観たのですけど、非常に感動しました。
ヴィルヌーヴ監督は前作からヨハン・ヨハンソンと一緒にやっていますけど、このためだったのね、という。
というのは、ミニマル、ドローンという音楽が、音楽本来の、時間芸術というところに疑義を呈すような音楽であるからで…。
そのことを全面に押し出して演出された本作は物語のないように沿うように映画自体も特異な時間間隔を持った作品になっていますよね。
それでオープニングとエンディングが同じ曲になっていて映画が輪っかの構造になっていますけど、その曲がマックス・リヒターのあれっていうのもまた…原作で使ってた理屈からですよねあれは。
あと大澤真幸の『革命が過去を救うと猫が言う』『恋愛不可能性について』とかを思い出して、他者を愛するっていうことの奇妙な感覚を絶妙に表現しているなとも思って。
「いつかあなたを愛するということを今までずっと忘れていた」っていう、そこにおいて本作は普遍的なラブストーリーでもあるなと感じました。

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そんな感じで異端ではあるけどドローン/ミニマル系二作。
どっちもArt Into Lifeに置いてあるので探してみてください

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Strotter Inst.ことChristoph Hess クリストフ・ヘス、以前にも一度書いてるけど、ターンテーブルを用いて演奏するアーティスト。
ただそこで用いられるターンテーブル/レコードは度を越して逸脱的な改造が施されている。

今回のLP二枚組はHallowgroundなるレーベルからリリースされたばかりの最新作で、この人がリリースがそこまで多くないのもありフルサイズの作品としては本当に久々な気がする。
今回の作品は曲ごとに元ネタが表記してあって、まぁ全部が分かるわけではないのだが、それでも中にはNurse With Wound、P16D4、Foetus、Ultraなんて表記もあって、微妙に趣味の分かるような一貫性のあるチョイスがおもしろい。
元ネタ表記があるところからも推して知るべしなんだけど、今回は元の曲を結構生かした音作り。印象的なギターフレーズが繰り返されていて何だろうなと思って調べると、そこで使われているDarsombraという人はギターとベースを一人でどんどん重ねながら音楽を作っていくアーティストだったりとか。
上の映像見てもらえば分かる通りで、今までは物理的な運動の記録にフォーカスしていたことを思うと、今回の作品は新鮮。
もちろん彼らしい無機的で歪なループ/ビート感覚が全体を支配してはいるのだが、そこに元ネタとなっているアーティスト達のこれまた歪な世界観が交わって独特なダーク&ディープミニマル音響を生み出している。
更にはピアノやチェロの奏者が加わっているトラックもあり、これがまたダークな演奏でアルバムに彩りを加える仕上がり。
彼らしい無骨でロウな響きの物理ミニマルに既成音楽の解体/再構築の要素が大きく加わったアルバムで、新しい領域に踏み出したなぁという印象。
しかしこの人のLP聴いてて思うのが、演奏風景知ってるだけに(ライブで何度か見た)、あれをレコードで聴いてるっていうのが不思議極まりない状況だよなあっていう。


密教ダークリチュアルへヴィボイスドローンPhurpaの最新リリースは二枚組『Gyer Ro』とライヴ盤『Gyud』。
例によっていつもと同じ感じのアレなのだが、それと分かっていても圧倒される凄まじい迫力の内容。
『Gyer Ro』、一枚目から78分一曲の超濃厚パフォーマンス。低域でうねる声明がほとんどを占めるところはこの人達?の音楽の核を取り出したようなトラックと言えるのではないかな。
二枚目では三曲が収められている。トーンとしてはほぼ同じながら独特なパーカッションやディジュリドゥ的な管の響きがフォーカスされる箇所があって、儀式めいた構成をより強く感じさせる。
"Hundred Syllable Mantra"なる曲の声明は無数に重なっているような途轍もなく深く潜るような響きがある。どのように録音しているのだろう。
『Gyud』は2016年のチューリッヒでのライヴを収録したもの。67分1トラック。
で、なんと録音がデイヴ・フィリップス。フィールドレコーディングの他、この手の民族音楽、儀式などのレコーディング記録作品も手掛けているので、そこからの人選なのだろう。
パフォーマンスの内容はというと、これまた例によって例によるアレなのだが、録音か会場によるものか、空間の響きを利用したような半モアレ化した低域の倍音がトリップに誘うかなりヤバい内容。
人体が生み出す彼岸のドゥームメタルであり、極北の音楽行為であり、音そのものの怪物だ。
他所じゃ聴けない凄え音楽聴きたいなら、この人達を聴いてみたらいい。



Frank Rosaly 『Malo』 Rene Aquarius 『Blight』 Ingar Zach 『Le Stanze』

仕事と仕事と仕事の合間に映画観てるだけの生活しててブログ書いてね~~~っ
って感じなのですが今日は映画についても多少書くし三本立てなので散漫な印象を与える内容になります


まず『ブレア・ウィッチ』、当然観てきたのですが。
素晴らしいです、これ。
ヴィンガード&バレットの本領発揮と言ったところで、きわめてPOV/ファウンドフッテージホラーのオリジネイターのひとつを題材に、ジャンルの構造を自覚的に引き受けつつ、愛情の籠もった批評眼でニュースタンダード…ポストファウンドフッテージ/POVとでもいうべきものの…を撮り上げてきたなと。
youtube上で映像が発見されるオープニングから、ドローン、ヘッドセット、GoPro…と大量のカメラを駆使してハイファイな(それこそ通常の劇映画と何ら変わらない)映像で映画は始まるわけだけど…。
そのカメラがどんどん減っていくのだよね。破損し、不調を来たし、映像をノイズに吞み込まれながら…。映画のカメラを絶対安全な神の目という審級から引きずり降ろしたのがこのジャンルだったわけだけど、その過程をもう一度なぞる"カメラのサバイバルゲーム"、それがこの映画の核かなと。
次第に視界が限られていく閉塞、カットは不安定に長くならざるを得なくなり、そこにダメ押しで前景化するあるルール、これがもうまさに、分かってるなあこいつらは、という感じで。


もひとつ、これはDVD借りてきて見て非常に印象に残った今年前半の映画。
『ヒメアノ~ル』、原作を出てた当時リアルタイムで買って読んでいたので話は分かってたんだけど、それでもこれは、ね。
印象的すぎるタイトル出るタイミングであるとか、重く鈍く生っぽい暴力描写であるとか、演出、映画として優れてるってのはまずあるものの…それが第二の評価点になってしまうレベルで、ある役者がスゴすぎまして。
森田剛ですねはい。
最初、えっ?同じ名前の別の人かな?と思ったんだけど、しっかりV6の森田クンでありました。愛なんだ、WAになって踊ろう。
でこの人がね、アイドルにしては頑張ってんじゃん、とかじゃなく、俳優として文句のつけようがない、100点満点の演技を見せております。
まあ撲殺射殺刺殺に強姦挙句の果てに死体をオカズに自慰をキメるぶっ壊れ男の役なのですが…(これジャニーズ事務所大丈夫?)。
まあこの人同じV6の岡田と比べて表で見なくなったなと思っていたら、ずっと舞台で研鑽を積み続けて海外でも絶賛されたりしてたようですね。
いやでも見たらこれがホント凄いんだ。目の感じ、喋り方、立ち姿、歩き方、そういう存在感からの演技で、あ、こいつは恐い、って思わせる。しかもそれは遠い怖さじゃない。ニュースなんかで凶悪犯が警察車両で移送されてく映像とか映るけど、あの眼を完コピしちゃってる。
その生きながら死んでる感じ、心がバラバラに壊れたあとカラカラに乾いて血も絞り切ったような感じ、兇人、としか例えようがないような。もうほんとに、こいつを見てくれという感じであります。


あと~~~オタクなんで~~~『劇場版 艦これ』観てきたんですけど~~。
これメッチャ良かったですねハイ…。テレビ版そこまで真剣に見てたわけではなくて(それでも平均以上に面白かったけど)…半笑いでフラッと見に行ったらガツッとやられた感じで。
映画の大部分が朝か夜かのシーンなんだけど、それは光と影の制御で画作りをするためで。この部分は実写ではどうしても苦手で、逆にアニメの強いところなんだけど、今年の国産アニメ映画の中にあてはめてみると新鮮なんだよね。
というのは、君の名は。的なフォトリアルなCG加工前提のビジュアルにも、この世界の片隅に的なアニメらしい省略のビジュアルにも、こういう手書きの陰影での表情付けは馴染まないからで。そこにレイヤー的にCG影も組み合わせ、デザインとしては"艦娘"たちが持つ無骨な直線と丸みを帯びた曲線の交差をそこに重ね合わせるようにして、印象的な画を幾つも見せてくる。
ストーリーテリングとしては、テレビ版の非常に良かった要素として、あくまで背景として描かれたようなループもの的な意匠。それが更に掘り下げられている。例えばその手のゲームでプレイヤーが特権的なのは、ゲームの外の視点から前の試行での失敗を記憶しているから。
でもそれは、理屈としてなぜ失敗したかを知っているからではなくて、それが悲惨な失敗だったということを覚えているから…プレイヤーの選択がゲームシステムの中に回収され得ないのは、そこに繰り返すことに関する感情があるからだよねと。
で、これは、単にそのルール的な話だけでなくて、原作ゲームの…無数の試行を要求する…ゲームシステム、物語としての構造、そして実に分かり易い記号でキャラクタライズされた"艦娘"たちの『Thomas was Alone』的なメタ物語として、…そして何より、このゲームが何をモチーフにしているかという部分に強くかかっている。"覚えていて"、"忘れないで"と繰り返されるエンディングテーマの歌詞もかなり強い意図がありますよね。
その、私達は覚えていられる、というのがこの作品なのではないですかね。それは劇中で花が印象的に使われるふたつのシーンを見て思ったんだけど。
まあそんなんでテレビ版のカレーネタ引き継がれてるとか細かいとこも含めてとても良かったです。



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もう充分書いたし今日はもういいじゃんって感じなんですけどここから第二部です。
実験系ドラマー/パーカッショニストソロ作三本立て。好きなんですよね…ええ…。
どの作品もart into life屋さんで買えるので検索してみてね


Frank Rosaly 『Malo』
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ジャケキモすぎ

Scorch Trioなんかでも叩いていたFrank Rosalyは実はソロでもかなり面白い演奏をするドラマー。

こーんな感じにノイズエレクトロニクスと角ばった無骨なドラミングの独特な叩きをやっている

一曲目の"Basura"では一定のノリを持たない蛇行したリズムのドラムソロを展開していて、そこに同期するようにノイズが纏わりつく…というような音なのだけど、次の"Malo"、14分に及ぶ演奏で一気に様子が変わる。
くぐもったランダムなキック、ディレイの残響音だけを強調したようなシンバルの擦過音、エフェクト全開にして原音の名残り僅か。全体を覆うのはロウな電子音によるドローンめいた音響で、ドラムスの痕跡はそうと言われなければ気付かない程。
続く"iAK!"でまた全く別方向の演奏、今度は金物のみのミニマル&トライバルなパターン。
"Te Cuidas Mucho, Miguel"では味付け程度の電子音を含むものの、ここに来てのほぼ純粋なドラムソロで、意外と細かく音を詰め込みながら抑揚に富んだ演奏を聴かせている。
ラストの"10Hz"は自身のドラミングを素材に構成したカットアップのようで、不意のループ、急停止、逆再生などを含みながら高密度かつ高速で様々な打楽器音が行き来する。
曲ごとにやる事をキッチリ決めて構成してきた感じだろうか?曲ごとにガラッと変わる音で単なるドラマーのソロ作と思わせない充実の内容。


Rane Aquarius 『Bright』
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Rane Aquarius レーン・アクアリウス、このドラマーの名前は結構変な音楽を聴く人でもご存じない事が多いのでは?という気がするな。
Dead Neanderthals デッド・ネアンデルタールズというジャズバンドのドラム叩いてる人です

なんかこういうバンド

バンドの新作LPが良かったのでこれも買ってみたらなかなか面白い内容。
"I"~"VIII"と曲タイトルは番号振っただけのものなのだけど、そうしているだけあって統一感のある音になっている。
全編重くたちこめるようなダークな持続音が鳴っており、そこに儀式調のトライバルパターンが絡むという感じ。
シンバルもゴォォ―――ッと音が広がっていったりとか。
ディープな音響処理がすばらしくズブズブと沈んでいくような感覚が味わえる。
特に実験、即興系のドラマーのソロ作なんていうと奇天烈な技術を色々見せてくる感じなのかな?と思ってしまうけど、この人は作品の中で表現したい世界観があって、そのために必要な演奏をしているのかなと。
ダークなドローンとか好きな人にはかなりヒットするであろう音だ。
タイトルとはかけ離れた内容だしバンドでやっていることとも全く違うしで、意表を突かれる感じではあったけど、音響作品としてとても好み。
前回更新で紹介したPhurpaとセットで召し上がるのも良いかと。


Ingar Zach 『Le Stanze』
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ミニマル微音即興グループDans Les Arbres ダン・レゼラブルのパーカッショニストIngar Zach インガー・ザックのソロ作、ドローン/ミニマル系の優れたリリースを多く持つSOFAから。
この人、コンサートドラムをマイクのフィードバックで振動させてそれで金物鳴らしたりとか、特殊すぎる奏法がトレードマークなのだが、今回のソロもそうした方法で制作されていると思しき音。
細かくいくつもの音が寸分違わぬリズムを刻んでミニマルなビートを作り出す様子は、どうも人力というよりは自動演奏系の仕組みを何か作り上げて用いているのではないかな。
そうした機械的なビートの合間にはこれも彼らしい静寂を多くとったパートが挟まれていて、その部分では微音中心の繊細な演奏をしている。合間というか、ビート系の長めの曲二曲と音響系の短めの曲二曲という構成なのだが…。そうして見るとこれも先に紹介した二枚と同じくコンセプトが先にあるような演奏といえて、打楽器奏者のソロということでざっくりまとめて紹介、と思いきや記事内容的にも一本の串が通ってる感じに。
この盤は今回紹介した中では最も加工感がない音ではあるけど、これもまた別方向で相当変な内容かなと。
全体通して実に打楽器奏者のソロらしからぬ、しかしこの演奏家の作品と言われるとああそうだろうなという、独自すぎる一作。


文字数的には映画について書いてるほうが多分多いというコレどうなんだ的な更新になりましたがこのへんで…
年末の挨拶の前にもう一回くらい更新できるかな~

Phurpa 『Chöd』

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闇はそこでくり抜かれたかのように一層深く落ち窪んで、虚ろな大口を晒している。
底は見えない。
遥か下から吹き上がる風音が反響しているのか、複雑なうねりを孕んだ遅く重い響きが足元を叩いてくる。
単純な洞が得体の知れない魔力を孕んでいるかのように、深淵に覗かれているなんて言葉が馬鹿らしくなるほどに、意識が闇の奥へ誘われる。
これから君を世界で一番寂しく冷たい場所に連れていく、覚悟はいいか。



2016年作。約45分のトラック×2の二枚組。
Phurpa プルパはAlexei Tegin アレクセイ・テギンを中心とした流動的な編成のパフォーマンスグループ。
テギンは90年代半ばから音楽活動を始め、程なくしてチベットのボン教系の密教の儀式音楽、声明、いわゆるホーメイに興味を持ち、実地でそれを修得し、03年にそうした儀式音楽をベースとしたグループであるPhurpaを立ち上げたようだ。

Phurpaの音楽は徹底している。
10作以上のアルバムをリリースしていて(僕も全部は聴けてないけど、半分ほど聴く限り)すべてパッと聴きの印象は同じ音に聴こえるほど。
こう表現すると伝わるのだろうか?
声のみによるSunn O)))。
ライヴ映像を見ると3人~4人でのパフォーマンスが多いようだ。そしてそのパフォーマンスは、増幅器としてディジュリドゥのような楽器を用いたり、句点のように土着的なパーカッションが用いられたりするが、基本的には徹底して声のみ。
凄まじく低域に寄った複数のホーメイが重なり、きわめて複雑な倍音の揺らぎを纏った極太の低音ドローンをかたち作る。
スティーブン・オマリーのレーベル、イデオロジック・オルガンの第一作目はこのグループの作品で、それは聴けば腑に落ちる。Sunn O)))におけるギターがヴォイスに置き換えられたような、極上の濃密な黒一色へヴィ・ドローンがこのグループの作り出す音響だからだ。

この『Chöd』のボリュームと特異な構成は表現上の必然であるかのように、このグループの核を明快な形で見せている。
ここで聴けるのは音楽アルバムではなくて…、ひとつの儀式の記録であるような、そんな感触。
そしてこの音は基本的に人体から生み出されているということ(そういえば彼らが用いている民族楽器の一部は人間の骨から作られているそうだ)。
そのプリミティヴでシンプルな表現がしかしある種究極の彼岸の光景、虚無の果てにアクセスするような強度を持っていることを、これを魔術的と思わず言いたくなる。
人間の消化器官は全長約9メートルあるって話を思い出していて、そういう、人体とは実は凝縮された巨大な装置であるということも同時に考える。
管は音響を生成する。
この音楽は人体の彼岸でもある。

彼らの音は純粋な圧倒の体験であり、正直語る言葉もないのだが、だからただ聴けと書いておく。
できたら外スピーカーのオーディオシステムで、ぜひ。
そして虚ろな大穴の奥へ一緒に降りていきましょう。


ライヴがめちゃくちゃカッコいいので映像をいくつか貼っておきます


しかし今年はブリンクマン然りデッドCしかり、二枚組ボリュームで独自の世界観で聴き手を圧倒するようなとんでもない作品が多数出ているな

Benjamin Nelson 『First』 Tasos Stamou 『Koura』

最近タブレットを買って、電子書籍を導入した。
本なり漫画が生活スペースを激しく侵してくるっていうのを前から思ってて、電子書籍自体もリリースのタイムラグも減り出る量自体も増え便利になってきたな…というのもあり。
物理スペースでいうなら音楽のほうが全然問題だろうという説もありますけど、これは多分電子化は一番最後になるかな。
なんか自分の場合、音楽が入ってる媒体そのものとか、物理的に音楽が積み上がってるのが好きというのもあって。
あとはインディーズレーベルも続々バンドキャンプ始めてるとはいえまだ物理でしか手に入らないものが多すぎるというのもある。

そんな感じで折角導入したので電子書籍いろいろ見てたら結構おもしろいやつありました。
忌録』という本で、心霊ルポという体裁のものなんだけど、内容が電子書籍ならではで…。
ひとつの読み物として構成される以前の一次資料…取材メモ、画像、メールログ、ブログ、動画リンク等が詰め込まれている。
それらから勿論オカルト的な物語を読み込むことはできるんだけど、ちょっとそれを保留して、資料を並べ替えてみる。
別の解釈を探ってみると、途端に読むのがおもしろくなる。なかなか内容の濃い読書体験をさせてくれる。
ネット怪談以降の感覚を上手に消化してもいて、例えばお馴染みの自己責任系のギミック(閲覧は自己責任でお願いします)を仕込んだ話があるのだが、これは読んでなるほどなと思ったな。
この手のギミックって、話のリアリティに強度がないとうまく駆動しないと考えがちだけど、そうでもないのかなと。やっぱ、踏み絵ってイエスの絵を踏ませたわけじゃない、それは我々からするとちょっと荒唐無稽な話に思えたりもするけど、実際には一番有効な方法だったのかもしれないと。


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最近手に入ったやつで持続音系の二名のアーティストのアルバムがどちらもとても良かったため紹介


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今回紹介する二枚はどちらもArt Into Life屋さんで買えるようになっております

ラッセ・マーハウグのレーベルPica Diskからリリースされたタイトル通りのファーストフル。
Benjamin Nelson ベンジャミン・ネルソンは米国メリーランド出身で、現在はノルウェーのオスロに住み活動をしているアーティスト。
音源制作やライヴのほか、サウンドインスタレーションも多く手掛けているようだ。ライヴの際にはモジュラーシンセ中心に、細々としたエレクトロニクスも用いる模様。
今回の作品の内容はというと、恐ろしいことに65分一曲の持続音。

音響彫刻なんて言い方があるけど、そう呼ばれるものでも、大抵の彫刻は動いている。本当にそこに存在しているだけのものっていうのはほぼない。
それは音楽が時間芸術であるゆえのことで、当たり前でもあるのだが、この音楽家は、無謀にもフル一枚目にして、そこに向かって彫りはじめているようだ。
ここに聴かれるサウンドは、信仰めいた意志を感じる程、禁欲的、スタティックであり、ただそこで放たれ続ける。カルロス・ジッフォーニあたりのサウンドに近いものも感じるが、比べるとこちらのほうが音に具体的な芯を設けていないように感じる。動いていない。
彫刻は動かないから、その鑑賞にあたっては、鑑賞者が周囲を動くことになる。これもそれで、楽曲に展開をもたらす前のフランシスコ・メイリノがループし続けるような無機質な駆動音はしかし、音量を上げて音に意識を寄せると思いのほかディープだ。
特に低音域において蠕動するくぐもったうねりは、音量を上げる程立ち昇ってきてクラクラするような甘いトリップ感を催させる。
そうやって聴いていて、時間が流れ続けるのに停止している、この特異な感触がいったい何を指向しているのか、分かったように感じられたのは…外でこれを聴いていて、音が終わった瞬間。重なり合った無表情な機械音がほつれるようにしてフェードアウトしていくクライマックス、それまで自分は動き続けていたのに・それだけが停止していた耳からの情報・雑多な環境音が・入れ換わるようにして・耳に流れ込んでくる。

思うに彫刻という停止の芸術の意味はそれなんじゃないか。世界は動いているということ。動いている世界に抗うということ。
音楽をもってそれを行うというのは、相当にねじれた、しかしラディカルなアートであると思える。



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Koura

羊の毛刈りの様子を大型の縦長スリーブに収めた印象的なアートワークのアルバムは、ロンドンベースに活動する実験音楽家Tasos Stamou(名前の読み方が全然わからん)の『Koura』。
Kouraというのはギリシャのクレタ島で伝統的に行われている羊の毛刈りの儀式で、そのときは日がな一日羊の毛を刈ったりするようだ。

アルバムにはそれぞれ20分前後の楽曲が二曲収められていて、"Zither Drone"、"Chord Organ Drone"とこれ以上ないほどシンプルなタイトルがつけられている。
曲の内容もタイトル通りの、それぞれのアコースティックな楽器を用いた持続音…なんだけど、この人はそれらの素材を自作のエレクトロニクスのシステムの中に組み込んで、何とも独特な響きのドローンを生成する。
ちなみにそのシステムはラップトップのようなスマートなものでなくて、細かなアナログ機器が雑然と絡み合ったようなプリミティヴなものだ。

それらの機材からするとちょっと意外なほど、繊細で音楽的で、重層的な構造を持った音楽らしい音楽を聴かせてくるのが面白い所。
"Zither Drone"ではタイトルにもなっているツィター(ヨーロッパで用いられる琴の一種で、小ぶりながら30~40本もの弦をもつ)のものと思われるつま弾くアコースティック弦のアルペジオと、それからアタックを奪って溶解させたようなドロドロの持続音が重なり合って波打っていく。この波のように変化する持続音と上のわりと明瞭な弦のサウンドがそれぞれゆったりと変化していくというのがこの曲。
ドローンは過剰に濁ることなく重たくも心地いい響きを保って、弦はときにピアノの内部奏法のような響き、あるいはエフェクトされた電子音のような音まで伴い、ゆっくりではあるけど終始変化している。
続く"Chord Organ Drone"はいわゆるオルガン・ドローンで、よりシンプルな持続系のサウンド。なんだけども、困ったことにこれが結構普通にいい曲でもあったりする。アンビエントというほど透明な音楽ではないけど、ドローンとしてはなかなか豊かな表情を持っている。
延々なり続けるオルガンのトーンがそれなりに計算されたような響きでもって重なっていき、サイケデリックで上昇感のある音響のヴェールを作り出す。巨大な氷塊を抱いくつも抱えた流氷が大きな川を流れていて、それをスローモーションで眺めている。そんなイメージ。
中盤には電子加工されて少しひび割れたようなトーンも加わり、この手の曲としては珍しいほど色彩豊かに迫ってくる音の壁。

ネルソンの音源もこちらも持続音系の作品ではあるけど、真逆なような印象を与えてくるのが面白いなと。
方や長尺一曲のストイックな音響一発勝負、方や聴きやすい尺×二曲で豊かな響きを持った器用な音。
で、どっちもいいな、ってか、気持ちいい、こういう音やっぱ好きだなオレはって思いました。


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