Cut Hands 『Festival Of The Dead』

話題の『インターステラ―』観てきたんですが、まず面食らいましたね。
まぁツイッター見るとみんなフワフワした感想ばっか言っててうん?と思ってたんですけど、そのワケが分かったというか、これ、ガチガチのSFでやんの。
確かに映像も音響もすばらしい体験をさせてもらったけど、話に関して言えば僕ごときは10分の1も分かってないんじゃないかな…とちょっと想像力を巡らしてみてそう思いました。
何とか思考の追える部分だけ追ってみても、全編くまなくガチガチに論理積んであるのが分かる。
ただ、SFがフィクションであり、ワンダーである所以、それは悲しさでもありますけど、終に至って、論理を積んで積んで積み上げたそのてっぺんから少しだけ跳躍する…それは──多くの傑作がそうであるように、この映画に関しても──大切な人に届かせるため…っていう、そのどうしようもないエモさが立ち現れる瞬間の美しさったらなく、それだけで、これいい物語ってことは分かりますよねっていう。
まー全然前提の知識がなくて見ても何でもない映画としてしっかり見れてしまうというのは良いのか悪いのか分かりませんけど…。「愛は時空を超えるわ」とか言っててアーハーン?ってなりますけど、そういう言葉ですらあとからキッチリ詰めてくるっていう映画なので。

ネタバレギリギリのことかも知れませんけど、僕が映画の話するとき絶対薦めるようにしてる『ミスター・ノーバディ』、あれ好きな人はぜひぜひ見るといいと思いますし、逆に『インターステラ―』観て超良かったって人は『ミスター・ノーバディ』必見です。


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Festival of the DeadFestival of the Dead
(2014/10/28)
Cut Hands

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というわけで久しぶりに書いて前置きが長くなりすぎ目的を見失うというお決まりのパターンをやらかしよし!ブログの書き方忘れてないな!ってなりました。
今月聴いてめちゃくちゃ良かったやつについて書いておこうと思いまして。

ちなみにこのあたりでカッコイイアーティスト写真のひとつでも引っ張ってくるかと思ってたんだけど、この人の名前でググったところ縦裂き・縞馬・何でもござれの大量のリスカ画像が画面いっぱいに表示され最悪な気分になりましたので気を付けてください。あっ細かいディティール必要ないですか…。


でCut Hands カット・ハンズ。
ことWilliam Bennett ウィリアム・ベネット。
この人に関してはこのブログとか読んでくれてる奇特な方には非常に通りやすい説明があって、英国のパワーエレクトロニクス/ハーシュノイズのオリジネイターバンドのひとつWhitehouse ホワイトハウスの中心人物が彼。
なんて言うとさぞノイズな音楽をやっているのだろうなぁと思うんだけど、これはなんとビートミュージック。ダンス。え~っ!?っていう。

勿論ここ最近ノイズ系からテクノなんかに流れる人って結構いて、みんな大好きバチカン・シャドウや僕が大好きピート・スワンソンや、あるんだけど、その流れともちょっと違う。これは。
そういうエレクトロニクスの感じを引き継いでる音じゃなくて、サンプリング&ループの音楽。
で、そこで鳴りまくってるのが…これがクセモノなんだが…アフリカン・パーカッション。
これ以前のアルバムのブックレットには使用機材が細かく書いてあるものがあるんだけど、それによるとジャンベとかドゥンドゥンとか、まー聞き慣れない楽器だけど、それらをサンプリングしたとある。
ベネットは自身の音楽をアフロ・ノイズと呼んでいるようだけど、そうした辺境系の打楽器で組み上げたビートが骨子にある、というのがひとつ特徴。
そんだけなら今はゴルジェなんて便利な言葉でわりと近い表現をできるんだけど、カナメはアフロの後ろ、ノイズ。やはり。

カット・ハンズの音楽、単純に表現するとアフロ・ビート+上に乗っかるエレクトロニックノイズ、となる。
しかしこのノイズも例えばホワイトハウスから想像するような激しいものではない。音の感触自体は尖ってるけど、ループ中心だし。
実際のとこ、異質さが宿っているのは個々の要素ではなくて組み合わせのほう。
プリミティヴなパーカッションに相反する電気ノイズが乗っている、それ。
この矛盾にこそカット・ハンズの音楽の本質はあって…。
よくよく聴いてみれば、4つ打ちベースだったり、リズムのなまりを許さないキレキレ硬質ビートだったり、アフロ的なノリの入れ方は冷たくどこか歪んでパッチワーク的だ。

ベネットはこのプロジェクトを始めるにあたってアフリカ音楽にかなり傾倒していたということだけど、その話を聴くと思いだすのがホワイトハウスのエピソード。
例のインダス本より…ってか今回のアルバムの日本盤ライナーもこのインダス本の持田さんが書いてるけど…曰く、ネタでレイシズム発言をしたところライブ会場にネオナチ少年が殺到し最前で敬礼した、曰く同じように女性蔑視発言をしたらステージに上がってきた女性に殴られた…。
ホワイトハウスは音楽にメッセージ性など皆無、快楽だけを追求する、ということを表明しているノイズユニットで、そのある種のシニシズムが上の振る舞いにも現れているわけだけど。
そういう冷徹な没入というか、快楽のために利用するというか…アフリカ音楽への傾倒というのもそういうことなんじゃないか?と思っている。
気持ちいいと思っている部分は切り出す。文脈などない。メッセージなどない。
ベネットの没入とはそういう虚無的な没入なんじゃないか?

あー、つまりこういうことです。
アイドルを使って一発抜くことはそのアイドルへの愛情の表明、コミットメントとは普通取られないでしょう。
でもそれを以ってコミットとするような異常者もいるということです。
ちなみに件の日本盤ライナーによると、カット・ハンズ、ライヴでは未開の地の原住人たちが伝染病でどんどん死んでく映像をバックに踊りまくってプレイしていたとのこと。
『食人族』的モンド趣味、と単に言うこともできるけど、このエピソードにこそベネットの本質がある気がしている。

と、色々書いたけど、音もメチャクチャかっこいいんだなこのアルバム。
前作までは正直もうひとつ!もうひとつくれ!って感じだったのが、どうよこの身体暴力ディープ&トランス。
音の余韻の深さ、ビートの重さ、ノイズとの溶け具合、アンビ&ロマン路線は薄めて("Belladonna Theme"くらい?)モンドな方向に振り切ってるのも好印象。
ドタマから完全にトランスさせる狂騒プリミティヴビート"The Claw"、グチャグチャに変調されインダス化されたパーカッション"Parataxic Distortion"、気色悪い電波ノイズと無視して盛り上がるビートの乖離にリードされひたすらダウナートリップする"Madwoman(Festival Mix)"、露悪的なまでにベタなアフロ"っぽさ"でタダじゃ終わらないラストトラック"Fire Ends the Day"あたりはもう何度でも絶頂に達するでこれ。



まぁ長々書いたんだがこれは久しぶりにメチャクチャ踊ったビート系。
流行りの感じのフンワリアンビな音が漂ってたりビートがめっちゃシャープな感じだったり更には女性ボーカル入っちゃってたり、そういう凝りまくったものより、こういう荒々しい手触りのもののほうが僕は好きかもしれない。ピート・スワンソンなんかもまさにそうだけど。
メチャクチャおすすめ。


続きにライヴ映像貼っておきます。



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