Thomas Brinkmann 『What You Hear (Is What You Hear)』

whatyouhear.jpg
What You Hear (Is What You Hear)

視界いっぱいに濃い青が広がっている。
のっぺりとしたその青い壁をじっと眺めていると、白い綻びが弾ける。
弾けているのは波、つまりこれは海だ。今や綻びは数を増やして、轟々という音まで聴こえてくる。
自分が落下し続けているのだという事に気付く。
直下に迫った青い壁に、大渦が口を開けているのが見える。


エディメゴから昨年出ていた一枚。
Thomas Brinkmann トーマス・ブリンクマンはドイツの実験電子音響職人。テクノを出発点とした独特のミニマリズムの追求表現で、オーレン・アンバーチとの共作なんかもしている。
このアルバムは2013年に亡くなったポーランドのズビグニエフ・カコウスキに捧げられている。
カコウスキは晩年は東京を活動拠点にしていたので、僕も何度かライヴは見ている。
ラップトップを用いてほぼ実音の感じられない振動のような重低音ドローンを聴かせる、やはりミニマルな表現をしていた。

で、このアルバムもミニマルという分類にしているけど、(カテゴリ分けは便宜的なものとはいえ)それで正しいのか正直悩ましいという感想。
というか……自分もコレでいわゆる実験的な音楽は沢山聴いているんで、その上でこう書くんだけど……これは音楽作品なのかな?


冒頭から順に、Sunn O)))のような唸り上げるフィードバックをベースにした"Zieglrot"、無機質な工業機械の駆動音めいた"Kadmiumgelb"、アンビエントヴェール"Indigoblau"……全11曲、様々な素材が用いられているけれど、どの曲もパッと聴きの印象は一貫して同じ。
きわめて短いスパンで切り出された単一の素材が延々とループしているというもの。
なのに、平板さを感じさせない、むしろディープで過剰に立体的なような奇妙な感触。
その違和感の正体は続く"Agent Orange"ではっきりする。左右にパンし続けるミシンのような機械音というそれまで以上に無表情な素材を8分間に渡りループし続ける曲。
最初の数分はただ規則的に機械音が行き来するだけ。パチパチパチパチパチ。徐々に低域が持ち上がるような感覚と、僅かなパルスの変化。音がいくつかの層を作っている気がする。パチパチパチ。そのほとんどはアタックが希薄でぼんやりとしか感じられないのだけど、それぞれ微妙に違うテンポで反復している。徐々に強調される音域が変化するにつれ、様々なパルスが浮かび上がってくる。相変わらず音の表面をなぞっているミシンの音のループのポイントがずれ始めている。パチパチパチパチパチパチ。バランスを崩して、右耳に重りを残したまま左側へともつれつつ逃げていく……もう音を追わずにはいられなくなっている。ゴムのような弾力性のある布を張った上にボーリングのボールを落とすと布がグッと沈み込む、ブラックホールの構造を説明したそんなような図があるけど、この曲を聴くことは、音の壁に対して意識が深く沈み込む、そんな異常な体験だ。

テレビなんかでもこういう話があると真っ先に披露される催眠誘導の基本に、瞼が自分の意志で開けられなくなるってやつがあって。
それは人間の肉体と意識の機能を利用しててわりと誰でもかかっちゃうものなんだけど、目を閉じて眼球を左側に向けて右側に向けて…みたいな感じで暗示が始まっていくんだよね。
今回のアルバム聴いてたら、まあそれだなと。音楽作品というより催眠音声に近いですねこれは。
表向き単純なループをベースにしていて、めちゃくちゃ分かり易い情景の上に意識を固定してしまう。そこにループポイントの変化やエフェクト、イコライジングやパンを少しづつ用いて音の組成を微妙に組み替えていく。
すると意識が面白いくらいそっちに振られてしまい…そうそう、誰でも知ってることとして聴覚ってのは聴きたいものに意識してフォーカスできるわけですよね。だから雑踏の中でも名前を呼ばれたら呼ばれたと分かる。ただそのフォーカスから外れた音っていうのは意識の外の部分、無意識のところに働きかけるようになる。
手品の基本はタネと関係ないところに視線を誘導してポイントが意識の向いていないところにあるってことだけど、そういう揺さぶりをずっとかけられてしまうと、意識の所在自体が曖昧になっていく。一体どこを見ているのか。
what you hearというタイトルから想像させるのは、中学校のときにみんな習う"hearとlistenの違い"というやつで、まぁ意識の外でhear-ingして意識してlisten-ingするというあれね。"きみに聴こえているもの(は、きみに聴こえているものでしかない)"。
聴覚からアクセスして意識を振り回し、聴覚のフォーカスを誘導し、音のただ中に沈めて、聴くということはどういうことか?音を聴くということの主体的な性質を明らかにするような…ここまで考えてみるとこのアルバムのタイトルの意味というのもよく分かる。


ストレスフルな"Perinon"から心地良いアンビエントの"Bleiweiss"へ移行し、流れの中で恐らくこれが本命の11分長尺に渡り締め付けるような機械重低音"Graphit"へと雪崩れ込む…構成の全体にすら誘導がある。ラストにはロックの中で暴力を象徴するような激しいフィードバックノイズ"Oxidrot"が最も音楽的に響く…オープニングで聴かされたそれとは印象が全く変わっている…という仕掛けまである。
このアルバム昨年は結構話題になっていて、面白いなと思っていたのが、2015ベストみたいなのでやっぱり電子音楽の人だったらコレ、ロックの人だったらコレ、ノイズの人だったらコレ、ジャズの人だったらコレ…とジャンルごとにある程度みんな入れているアルバムというのはあって。その中で、このアルバムはなぜかジャンルの人の間で偏りなくポツポツ見かけたんだよね。ジャズの人のベストにもノイズの人のベストにも入ってる。
今回聴いてみたらその理由が分かったというか。
これ、音楽じゃないんですね。
ある種麻薬みたいなもんで、表面でどういう音楽が鳴ってるとか関係なく、集中して聴いたら気持ちよくなってしまうような、自分のコントロールできない部分にクるから、ジャンル関係なく良いと言われている。
これはメチャクチャトリップできるので、特にある程度全音域的に出るイヤホンとかで聴くのがいいのかな。電気とか消して。自分は今酔ってるんですけど、それで聴きながら書いてたらかなりヤバかったです。



バンドキャンプで"agent orange"聴けるんでトリップしていきましょうね~
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