坂本龍一 『怒り オリジナル・サウンドトラック』 牛尾憲輔 『a shape of light 映画 聲の形 オリジナル・サウンドトラック』

今まさに公開中のふたつの映画の、独立した音楽作品として聴いても秀逸な二枚のサウンドトラックについて。

CvxI0nQUAAE0EKq.jpg

怒り オリジナル・サウンドトラック
まずは『怒り』のほうから。
音楽を手掛けるのは"教授"の呼び名で有名な坂本龍一。イニャリトゥの『レヴェナント』でもサントラを作り、かなり「映画音楽の人」として存在感を増してきているところでの本作。
この『怒り』という映画は、あと二ヶ月何もなければ、邦画バブルであった今年の邦画の中でも最高傑作と言われる作品になると思うんだけど、この映画を評してよく「骨太」という言葉が使われる。
音楽から受ける印象もそれで、ストイックな佇まいの、今時珍しい位遊びのない「映画音楽」だ。全編をオリジナルスコアで構成し、歌曲を排し、サウンドに統一性を持たせ、全体を通して同一のモチーフを様々な形で繰り返す。

サウンドの基本的な構成は、ピアノ中心の管弦楽アンサンブルと電子ノイズが対位法的なやり方で配置されるもの。その拮抗関係の動きの中で音楽に波が生まれている。
序盤の"現場検証"、"無人島"、"ハッテン場"といった状況説明的なタイトルを付された曲群では基本的にノイズや不協和なサウンドが優位にある。
それが終盤になると、曲タイトルは"真実"、"怒り"、"許し"といった抽象的・テーマ的なものに変化しており、楽曲としては主題となるシンプルなモチーフが音の水面に浮かび上がってくるようになる。
"4音だけで構成されている"というこのミニマルなモチーフはしかし、この大きな映画を背負って立つに充分の説得力を持っている。

全体にまたがるモチーフがあり、それが様々な形をとって現われる、更にそれは例えば"猜疑心"-"信"、"怒り"-"許し"という相反するような題を付された曲の中で共有されている…この事は、この音楽が『怒り』の音楽である、ということの刻印に思える。
作中で、素性の知れない大西と都心で充足した生活を送るサラリーマンの藤田という二人のゲイカップルが出てくるのだけど、こんな会話をするのだよね。
藤田は行くあてのない大西を自分のマンションの部屋に寝泊りさせるのだが、釘を刺すように「オレはお前の事信用してないから。家にあるもんとか失くなったら、遠慮なく通報するからな」。黙る大西。「オレ、お前の事疑ってるんだぞ。何か言ったら」と藤田。大西、「……疑ってるんじゃなくて、信じたいんだろ。信じてくれて、ありがとう」。
ここに映画のテーマのかなりの部分が凝縮されていると思ってて…、つまり、人は本気で疑っている人に対して「オレはお前を疑っている」なんて警戒させるようなことを言わない。だからこの言葉の意味は「お前を信じたいから、裏切らないでくれ」。これ、言葉で言うからそうなわけじゃなくて、こうした感情って往々にしてこういう構造を持っていると思ってて。
つまり、人が人を疑うのは、人を信じたいから。人に怒るのは、人を許したいから。好きな子にちょっかい出しちゃうとか、あるいは遠慮なくぶっ叩くことによってこそ叩く対象を何よりも欲望してしまう人たち…とか、話をすごく卑近なとこまで落としてもいいのだけどさ。ともかくここでは真逆の感情がプロセスとして要請されている。
ここまで考えてみるとこの音楽がいかに精巧に映画をなぞって構成されているか?というのが分かるし、だから作品の重要な一部になっているのは当然なんだよな。そしてそんな強靭な芯が通っているからこそ単独の作品としても強い強度を持っている。

電子音とダブ処理的な加工、クラシックベースのアンサンブル等、現代音楽のエッセンス中心に構成されていて、その中でミニマルというのが重要な位置にある辺り、ヨハン・ヨハンソンによる『ボーダーライン』のサントラなんかも思い出させる。
同時にこれはここ最近の坂本劇伴の方向性そのものとも言えるから、その到達点的一枚と捉えてもいいかなと。
参加ミュージシャンの中にあって大きくフィーチャーされ重要な役割を担っているのが、教授の友人でもあるギタリスト/電子音楽家、Fennesz フェネスことクリスチャン・フェネス。アブストラクトな音響が主になる箇所では彼のサウンドを多く聴くことができる。



a shape of light 映画 聲の形 オリジナル・サウンドトラック
こちらはサントラとしては少々特殊で、サントラであると同時に電子音楽家agraphこと牛尾憲輔のアルバムでもあるという形。"a shape of light"というのはそのアルバムタイトル。
二枚組で、オリジナルサウンドトラックであるディスク1と、スポット、CM等で使われた音源を集めたエクストラサウンドトラックのディスク2からなる。この構成は聴くと納得で、劇中で用いられたディスク1のほうは音楽作品としての強い統一感がある。
"tre"、"inv"、"roh"...と延々並ぶ曲タイトルもこれがひとつの作品として作られているということを感じさせる。

ザ・フーの"マイ・ジェネレーション"のパンキッシュなベースソロに乗った映画のオープニングが終わると、一旦のクールダウンを経て入って来る劇伴がとにかく印象的だ。
ピアノのソロ演奏なのだけど、音が鳴り出した瞬間非常に驚いた。ピアノのハンマーやペダル、鍵が生むノイズが、演奏そのものの音を食うくらいの勢いで入っているのだよね。そしてこうしたピアノ曲が映画全体のサウンドのほとんどを成し、満遍なく用いられている。
そこにリヴァースディレイのようなエフェクトを絡める、アンビエントドローンを敷くなどの加工、そうした曲以外でも用いられているのは荒くツギハギのループやグリッチ的な音で、この手のアニメ映画ではまず聴かないようなノイズサウンド。
大体が録音もきわめて強い部屋鳴りを残したこもりの感じられるもので、こういう音源は映像になじまないから普通は使わないのだよな。
公式サイトのインタビューなんか読んでもノイズ・コンクレート・即興というタームが当然のように現れ、特にノイズについては何度も強調されることから確信犯的にこうした音を作っているということが分かる。古いピアノの内部にマイクを入れて録音しているなんてことを平気で書いてある。

なぜこうも実験的な音を全体に敷き詰めているのだろう?というのを考えると、やはりこれもある面ではこの映画の為に作られた音楽なのだということが見えてくる。
出そうとしている目的の音と、それを生み出すための機構の作動音が並置されていること。つまり、音の文脈が音響的に整理されずにそのままそこに放られているということ。
これは何なのだろう?と考えるときに思い出すのは、『映画 聲の形』の少し前に公開した『FAKE』だ。いわゆるゴーストライター問題で悪い意味で時の人となってしまった佐村河内さんに森達也監督が密着したドキュメンタリで、僕はわりと大真面目にこの映画は『聲の形』の双子の兄のような映画だと思っている。
ふたつの映画に共通して用いられる中心的モチーフである聾について、この映画でもそれが一体何なのかということが描かれていくのだけど、そこでは結構当たり前のことが言われている。
視力0.2の人と視力1.5の人がいるように、聴こえないということも(聴こえる・聴こえない)の二項対立ではなく、グラデーションである。というかそれは、正確にはひとつのグラフの線上に表現できるようなグラデーションですらない。そうではなくて、"聴こえ"は個別の問題だ。
この事を映画の中で指摘されたとき、当たり前の事過ぎて僕は自分が恥ずかしくなってしまった。なんでこんなことが分からなかったのかと。
佐村河内さんは「音が曲がって聴こえる」という表現をするのだけど、"聴こえ"の表現としてなかなか分かり易い気がする。僕らは普段あまりにも当たり前に音の羅列を耳で捉えて脳でそのうちの必要分を束ね意味に変換しているけど、聴こえ方がその都度変化してしまうために、それらをひとつずつ手作業で順次消化していかなければならないとしたら。
その時に意味付けに基づいた音の優劣というのは消えて、膨大なノイズが意識の表面に立ち上がって来るはずだ。
このサントラが表現しているのはそれだ。
そしてここからは…映画を観てほしいのだよね。できれば両方の映画を。
アルバムの中で唯一三文字タイトルから外れる曲、バッハの"invention no.1 C dur"。何の仕掛けもないその演奏から引き継ぐラストの"lit(var)"ではアルバム全体を一気に物語にしてしまうような大仕掛けが待ち受けているけど、この曲が映画の中でも象徴的な使われ方をする。
ノイズ=ただそこに放られたカオスとしての乱雑な世界が一気にひとつなぎのものとして主人公の眼前に立ち現れる、そこでこの音楽は恥ずかしげもなくまたそれを宣言する。そんなこともう分かってる、何度も使い古されたそれを。
つまり、それでもこの世界は美しい、と。



なんか半分くらい映画の話になってしまったけどどちらもメチャクチャ素晴らしい映画であるうえ、とにかく音楽が最高でこの音楽を映画館の音響で味わえるのって本当幸せなことだと思うのでぜひぜひぜひぜひ劇場で観てほしいです。観られるうちに。
スポンサーサイト
 

プロフィール

 

伊達さん

Author:伊達さん
恐怖と雑音と
カワイイだけがオレの信仰
about

拍手する

 

最新記事

 
 

カテゴリ

 
 

月別アーカイブ

 
 

検索フォーム

 

 

twitter

 

 

リンク

 
 

FC2カウンター

 

 

RSSリンクの表示

 
 

最新コメント

 
 

最新トラックバック