FC2ブログ
 

 

アバター

映画の記事がちょっと増えてきていますけど。
なぜ映画のカテゴリを作らないのか。まとめて未分類カテゴリに突っ込んでいるのか。
年末のまとめ記事も映画に関しては作っていないんですが、これらは全てひとつの理由によっていて。
僕は映画はパートタイム・ラヴァーとしか考えていないんです。ゆきずりです。関わって気持ちよくなれなくなったら、もうそれで縁を切っていいと考えています。音楽やアニメにはもっと深く依存していると思いますが、映画に関してはそういう…感情の責任を負いたくなくて。

で、アバター見てきたんです。というか実際に見たのは年末ですけど。もち3Dで。
いまの3D技術って不思議ですよね。奥 - 手前って二層構造じゃなくて、いくつかの位相があって、その間を被写体が移動したりするじゃないですか。その位相の設定っていうのはあらかじめ映像のほうでしてるのかこちらの脳で処理してるのか分かりませんが…。しかし錯覚を利用しているにしてもそういう錯覚を正確に作り出すためにやはり位相感の設定は必要なわけですよね。そう考えると、あの映像作るのって半端ない手間がかかってそう。

で、ちょっと不思議なことがあって。これは映像だけで充分売りになる映画なわけで、極論しちゃうとストーリーはなくても別にオッケーな気がしたんですよね。全部ハリウッド的な予定調和でもいいっていうか。しかしですよ。話の結末は是非劇場で見届けてもらいたいのでここでは書きませんが…、あの結末じゃないですか。普通ならコミュニケーションがちゃんと成立して、仲良くやってきましょうね、っていって終わるわけですよ。この映画に関してはそれが許されている。なのに、あれ。
これは…なんつか、キャメロンの絶望深いなーって思って。人間は環境破壊と侵略戦争をどうしても止められない心底腐った動物なので、僕は自分で作った完璧な二次元世界で愛嬌のある宇宙人に萌えて暮らします…ってそんな宣言に見えちゃうんですよあれは。キツそう。
まぁそれは置いて。この映画で面白いのって、人類の相手役の宇宙人が人類より弱い、ってことで。いままで古今東西どんな映画を観ても、宇宙人は何も知らずに入植してきた地球人を肉片にしたり、UFOからゲーム感覚のビーム一発でホワイトハウス吹き飛ばしたりしてたわけですよ。ところが、この映画では立場が逆ですよね。このときに思うのは、僕らがよその星に入植したりよその星からの入植者と遭遇したりするときに、彼らが僕らより弱かったら、意外と普通に蹂躙するのではないかということなんです。シュワちゃんやウィル・スミスが宇宙人を殺すことに僕らが何の罪悪感も抱かないのは、そこでの宇宙人が地球人より強いからじゃないかと。そういう力関係によってある種の暴力が許されているとすると、これは少し困ったことじゃないですか。実際には相手が人類より弱い可能性というのは全然あるわけで。
そこの微妙な倫理観の問題って、いままでこのタイプのSFがさっくりスルーしてきた部分だよなーってのをちょっと思いました。
スポンサーサイト
 

Comment

 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

 

Trackback

 
 
http://teardropmissingpiece.blog115.fc2.com/tb.php/215-e9dc2e2e
 

プロフィール

 

伊達さん

Author:伊達さん
恐怖と雑音と
カワイイだけがオレの信仰
about

拍手する

 

最新記事

 
 

カテゴリ

 
 

月別アーカイブ

 
 

検索フォーム

 

 

twitter

 

 

リンク

 
 

FC2カウンター

 

 

RSSリンクの表示

 
 

最新コメント

 
 

最新トラックバック