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Dither 『Dither』

『サウルの息子』という映画を観まして、これが先の大戦時の強制収容所を舞台にしたいわゆるホロコースト映画なんですけど、とんでもない一品でしたねハイ。
ガス・ヴァン・サントの『エレファント』という映画があって、これの有名なシーンに、男の子が学校の中を歩いていくのを彼の背中~肩越しのカメラで映してず~っとワンカットで…階段上って、角曲がって、いろんな人とすれ違ったり、挨拶したり…ってのがあるんですけど、この映画はそれをもっと徹底した形でやってるんですね。
収容所で主に死体処理なんかの雑用をやっていたゾンダーコマンドと呼ばれるユダヤの人達がいたんですけど、主人公サウルはそれ。で、映画ではその彼とほぼ同じ視線を共有する位の位置にカメラをつけていて。
ただ画面の半分くらいはサウルの頭で埋まっている。視線を共有すると書いたけど、見えない部分のほうが多いんですねこの映画は。
フォーカスはサウルの頭のほうに合っていて周囲の景色はほとんどピンぼけ、カメラの射角は狭く、状況を俯瞰で映すことはない。
でもそれゆえに隙間から見えるものが際立っている。そこら中に無造作に転がる死体であり、死体を焼く煙の覆いつくすそれであり、鉄扉の向こうから響く悲鳴であり…。
絶滅収容所での、ただの日常(と書いて、じごく、と読む)。そういうものを劇伴も説明も排してただ淡々と描いている。
歴史の闇の社会見学であり、人間処理工場という限界状況の職場体験。地獄の釜の底VRであり人間の成し得る凡そ最低最悪の行為4DX。
これはちょっと過去に類を見ない異形の傑作ホロコーストムービーかなと。ぜひ。


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CnvT2-qUkAAqsZ2.jpg
Dither
2010年作。

前にちょっぴりこの人達について書いた時にも貼ったけどやはりこの演奏から。

アヴァンギャルドな演奏だけど、大袈裟な身振りや表情まで含めたやりとりの様子など、どこか遊びに満ちてるという感じがするんだよね。
遊びといえばこの曲はジョン・ゾーンの"ラクロス"、いわゆるゲームピース。あらかじめ意味の定められたジェスチャーやカードを用いて、互いにコミュニケーションをとりながら演奏を進めていく。
彼らはゾーンの楽曲集も(ゾーン自身のレーベルから!)リリースして、そこでもこの手の曲を中心に取り上げている。
そんなとこも含め、僕は彼らについて、遊びの好きな人たち、知性と遊びによってギターカルテットというものの可能性を拡張していこうとする人たちだという印象を持っている。


Dither ディザーはNYCのギター・カルテットで、メンバーはTaylor Levine、David Linaburg、Joshua Lopes、James Mooreとある。
ditherという言葉の意味は、おろおろする、うろたえる、混乱する。へー、おもしろいじゃん。
アルバムは8曲入り53分で、うち4~7は"Cross-sections"なる楽曲の4つのパートに分かれたもの。
彼らは即興演奏ではなく、曲を演奏する。といっても、先ほども書いた通りゲームピースのような現代音楽的なものが多いようだけど…。
コンポーザーの名前を見てみると、Lainie Fefferman、Jascha Narveson、Lisa R. Coonsとあって、まぁ全然知らんのですが…エリオット・シャープによる解説を読むと、これはやはりNYCベースの若手の作曲家たちの作品を取り上げてるとのこと。


例えばその中の一人の曲を挙げてみるとこんな感じなので推して知るべし


実際にアルバムを聴いていくと、まず多芸さに驚く。ついで全く違うものの収められた引き出しを手際よく開け閉めしていくフットワーク。
全体にさり気なく行き渡ったユーモアというか、ある種のマスロックバンドが得意としていたような音楽的飛躍。
そしてやはり、それらがエレクトリックギター×4という形態で表現されていること。
オープニングの"Tongue of Thorns"は一定のリズムで単一のコードを刻み続ける様が土台になるチャタム/ブランカ的アプローチのミニマルで、倍音の独特の濁りと微妙に加えられる装飾のフレーズが徐々に変化する。
続く"Vectors"。クリーントーンの単音のフレーズ~ハーモニクスなどを4本のギターが絡めていくのだけど、ここでの面白い仕掛けは音の定位。それぞれのギターの音の鳴る位置が絶妙に散らしてあり、様々な方向から例えばフレーズの1と3番目の音は右から、2と4の音は左前方から…という風に、パズルめいてヒプノティックな音響を生み出している。
"Pantagruel"はマスロック的だ。かなり複雑なフレーズをユニゾンで演奏しつつ、その合間合間に各々のギターのノイズ的プレイが挟まり、中間部のインプロ的なパートでは多種多様なエフェクトを用いて豊かな色彩のノイズが跳ね回る。
4~7曲目で展開される"Cross-sections"は、静謐なミニマルを基調にしつつも時折Eボウで奏でる持続音ハーモニーパートやら電子音の雨のようなパートやらがポンと投入される…何だろうこれは…Zs的でもある?パンキッシュさはなくもっと音響寄りだけど…予測できない動きも見せてくる。
クライマックスの"exPAT"はいよいよパレットをひっくり返したような混ざり濁って横溢するギターノイズの禁じられた遊び的な何かか。
『蟲師』というマンガがあって、舞台がどうも江戸と明治の間みたいな(明言はされない)妙な世界観なのだが、主人公ギンコは"蟲"と呼ばれる妖怪的なものの関わる事件に対処するプロ(でフリーランスで流し的な感じ)で、そいつが旅する中で常に大量の小さな引き出しのついたタンスのようなバックパックを背負っている。その中には、オカルト関係の物々交換で得た怪しげなアイテムやら、蟲の死体から煎じた薬やら、しまいには小さな蟲そのものまで、もう妖怪版四次元ポケットみたいな感じで何でも入っている。なんなら開けるといきなり手紙が届いてたりする。
なんで突然こんなことを長々と書いてるかというと、このアルバム聴きながら思い浮かべていたのがそのタンスのことなのだよな。小さく色も形も様々の、あるものは飛びあるものは土に潜っていくような、全然違う性質の虫たちが蠢いている。しかしそれはカオスでなくて、自然の抱えるミニマリズムというか、種を越えた奇妙な同一性、繊細さによって、ある角度から眺めれば整然さをもってひとつの様態を成しているのだ。
あるいはこういう喩えでもいい。板状のケースのアリの巣観察ってあったと思うけど、あそこに土中で生きるいろんな虫がしっちゃかめっちゃかに入っちゃってると。でもなぜか共存している。それを共存させているコードがコンポーズ、スコア、楽曲だ。

現音/実験系ギターアンサンブルの最新形か?
NYCらしくクラシカルもノーウェイヴもフリージャズもインディロックもノイズも呑み込んでるが、知性と繊細さ、それにユーモアをもって、遊びを孕みながらまとめられているというサウンド。呑み込んでるって書いたけど、この人達なら飲み方は明らかに錠剤の形でしょう。
てなわけでオモロいサウンド。
続きに映像など。





ポストロック


ギター20人編成Eボウドローン


ポストロック2


ジョン・ゾーンのホッケー




みんな違ってみんないいな。
ホント面白い人たちだ
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