65daysofstatic 『No Man’s Sky: Music for an Infinite Universe』

nomanssky.jpg
Music for an Infinite Universe

このバンドについては09年に一回書いてたのだが、今回久しぶりに聴いてみた。
正直なところここ数年ご無沙汰になっていたバンドなんだけど、意外なところで名前に当たったというか。
何度かブログにも書いているけどインディーズゲーム結構好きでやっていて、その中で『No Man's Sky』というゲームのサントラをこのバンドが担当するという話で。
そのゲームは自動生成でほぼ無限に近い探索領域が生まれるゲームであると。そしてサントラは状況やプレイヤーの行動に応じて音楽を自動生成すると。
それを素材にして"65daysofstaticのアルバム"として構成し直したのが今回の二枚組。リリースは昨年夏。

そんでへー昔はよう聴いとったしライヴも見に行ったけ新作どんなもん…?と思ってとりあえずサンクラに上がってるやつ聴いたら

めちゃくそカッコええやんけ


65daysofstaticの音楽は初期には変拍子~ポリリズムを刻む躁的なブレイクビーツとの完全同期演奏によるダークなギターインスト、というものだった。
それが大きく変わったのは4作目『We Were Exploding Anyway』で、ここではギターに代わるようにして何層にもレイヤードしたシンセが導入され、打ち込みのビートの重心は低く4つを刻むようになり、エレクトロニックミュージックのほうへと大きく舵を切った内容に。
ま、当時はそれが肌に合わなくて気持ちが離れたみたいなのもあったんだけど…今はこういう電子音楽を全然普通に好きになったので、聴き返したらこれもエラくカッコいいなと思ったな。
…で、今回のアルバムに至るという訳なのだけど、これを聴くと彼らの変化が結局何を志向していたのかがはっきりと分かる。

オーロラのようなシンセの持続音とリヴァーヴギターのヴェール、病的に細かなクリックのビートと乾いたトライバルな生ドラムが混ざり合い、フィルターを通して統合され、ファズベースに蹂躙される"Monolith"、ピアノとギターのフレーズが繊細と野蛮の両極に置かれているようでいて大胆に調和する"Supermoon"、あるいは生アンビエント的な"Heliosphere"とYellow Swansまで思わせもするノイズドローン"Pillars of Frost"の対比に特に顕著に見て取れるような音作りの作法。
あらゆる要素が等しくマテリアルとして、フラグメントとして、音楽の要請に応じてその都度召喚されているということ。それが徹底的なポストプロダクションによって実現しているということ。インタビューで「ライヴと制作は完全に別物」というようなことを言っていたのを読んだことがある。あるいは、求めているドラムサウンドを作るために、一度録音したものをヴィンテージのアンプに流し込んで再度アンプからマイクで録る、というような手法。彼らは曲を作る時にはまずエフェクトペダルやシンセのパッチを作ることから始める、というのも読んだ。
恐らくそれはエレクトロニックミュージックの制作手法に近くて、少なくともバンド的なそれでは全くない。その素材のレベルにまで落とし込まれた生楽器の演奏が、電子音楽的な素材と同じテーブルにプールされることから、こういう音が生まれている。
この事は、彼らが初期にステージの上で行っていたことの──ブレイクビーツと生演奏を融合させることの──制作レベルでのラディカルな実践だ。そして以降の制作において前景化してくるエレクトロ志向の手法レベルでの再措定だ。

ポストプロダクションに大きく比重を置いた作曲-制作というのはRadianやZsといったバンドがかなり綿密に実践していて、ただそれらのバンドはポスト・ポストロック的なというか、ある意味ポストロックではあるのかもしれないけど、これをポストロックと呼ぶならポストロックって何なのか分からんね、という括りになっている。
それでいて起源までいけばポストロックというのはそういう姿勢のことを指していた─単なるギターインストのようなものでなく─ような気もする。
そしてそれはフラットへ向かおうとするベクトルなのでは?と考えている。ロックにおいて絶対であったプリとポストの壁が同平面上に再配置されること。それは直ちに支配領域を拡大する。生楽器と電子音が同平面上に。今奏でられているものと過去録音された素材が同平面上に。作曲と機材を制作することが同平面上に…。
で、今回このアルバム聴いていて、65daysofstaticはそっちを向いているのかもしれないと思ったのだよね。

全体の構成を見た時に二枚組という構成がまたそれを裏付ける。
三面のパッケージの両サイドに一枚づつ配されたディスクの二枚目は、長尺曲を中心とした6曲1時間の盤なのだが、これの内容はロック的なダイナミズム、抒情性をほとんど排して、もっとドローン/アンビエント/グリッチ/エレクトロニカ的な色彩を強めたような楽曲群で、これがディスク1と並列に配されてるということが作品としてのカラーの象徴にも思える。
終局においてポストクラシカルめいた展開に向かっていくと、そこにはバンドの面影はもうほとんど見いだせない。


一貫して彼らの音楽を特徴づけるものを見出そうとすると、ひとつは黙示録的な、世界の終わりになっている音楽、というような世界観、ムードというのが言える。
それは最初期には混沌としたリズムと破壊的なノイズギターに担われていたと思うのだけど、恐らく今はそういうモードは終わったんじゃないか、と思う。今はもっとインダストリアルな、暴力めいたサブベースやノイズドローンによって現わされるものなのではと。
『No Man's Sky』にインスパイアされたとのことで幾分かオープンなムードのある本作だけれど、やはり底に終わりが横たわっているような響きをどうしても感じるんだよね。
昔、2枚目が出たくらいのときにライヴを見て、あの時の最後の曲は確か"Radio Protector"あたりだった気がするけど、曲の終わりにフィードバックノイズの渦の中で、ステージ中央、ギターのヘッドを天に向けるようにして、イスラム教の祈りのように蹲っていた姿を今でもはっきりと思い出せる。
その時、僕には彼が何に祈っているのか分からなかったけど、今現実のこういうひとつの世界観の終わり、世界の終わりみたいな状況にあって、全てをフラットへと運んでいく彼らの運動の意味がやっと見えてきた気がしている。
最新型へとアップデートされ続ける世界の終わりのサウンドトラックはいまこんな風に鳴っている。



続きに最新のライヴ映像など












本人たちも言っている通りライヴではバンドって感じだしめっちゃカッコいいな
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