T美川 & John Wiese 『Oblique No Strategy』 Eryck Abecassis & Francisco Meirino 『La Gueule Du Loup』 Maulizio Grandinettei 『SEEK』


曲を作りました


シングという映画を観ました。
ワーナーのCGアニメ。この手のCGアニメ映画というのを今まで全然見て来なかったんですけど、今こんなすごい映像作れるようになってるんですね。まずそこで感動。
話は大筋としては棚ぼた的ご都合主義で進んでいく感じではあるんだけど、軽くはない。というのは、ユーモアの影にいつも淡く悲しみが滲むような絶妙な語り口が効いているからで…。
登場人物(?)の中に25児の親ブタのロジータというのがいて、彼女も映画の主題になっている歌のコンテストに出たいのだけれど、家事育児に追われてそれができない。で、どうするかというと、ピタゴラスイッチ的に舵をこなす機構を一晩のうちに作り上げて家の中に設置してしまう。このくだりはユーモアに満ちているけれど、一方でそれができるのはロジータが今までいかに自分を殺して機械のような暮らしをしてきたかということでもあるわけです。
そういう日常の悲しみ…フラれた、親が分かってくれない…(いろんな動物が、っていうのを聞くと政治的正しさ的な寓意の話と思われるかもですけどそれはほぼない、というのもミソ)がクライマックスにおいて一気にポジティヴなものへと転じて解き放たれる。
悲しみなんて歌にのせて吹っ飛ばすというその音楽、歌へのあっけらかんとして曇りのない信頼、めちゃくちゃ楽しいのに目汗が止まらんくなってしまいましたよ…。
いくつものダメさを希望に変えて、昔どこかで聴いたあの歌たちに乗せて人間(以外による)讃歌を歌い上げるという、なにかガーディアンズ・オブ・ギャラクシーにも似た映画かなと感じました。というわけでこういうものこそちびっ子たちのところに届いてほしい。
そしてオレがちびっ子のとき繰り返し見てたネバーエンディングストーリーみたいな映画になればいいなと思いました。


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今回紹介してるやつはどれもart into life屋さんで買えるかと

T美川 & John Wiese 『Oblique No Strategy』
John Wiese ジョン・ウィースのレーベル、ヘリコプターより。
15年の来日の際に落合soupで録音され、翌年パリのGRMスタジオでミックス作業が行われたとの事。
タイトルはブライアン・イーノの創作メソッドOblique Strategyからですかね。
インキャパシタンツのT美川とのセッション音源ということで、ウィースは近年のスタイルになってからセッション音源というものをあまり出していなくて、その意味でも面白い一枚。

4曲40分で、冒頭から清々しいほどのノイズの嵐。
金属音とうねる電子音が猛烈なスピードで絡み合う。静かな展開などもなく基本は原点回帰したようなハーシュノイズ。
近年のウィースのミキサーを用いたスタイルの色がよく出ていて、突飛で切断的な展開はあまりなく大きな流れの感じられる演奏。
サウンド的な仕掛けの少ないというか、正面から音で押してくる感じはセッション音源らしく。ツボを押さえたミックスとも言えるかな。
後半二曲のスローに湧き上がってくるような展開が特に好み。
唐突な幕切れも良い。


Eryck Abecassis & Francisco Meirino 『La Gueule Du Loup』
フラグメント・ファクトリーより今年の作品。タイトルは狼の意。
うちのブログでも過去にそれぞれ書いているけれど、ベース+シンセ+ラップトップのサウンドシステムを操るカスパー・ト―プリッツ門下のアーティストErick Abecassis エリック・アベカッシスとお馴染みのコンクレート職人Francisco Meirino フランシスコ・メイリノによるセッション。
こちらも上の音源と同じくパリのGRMスタジオ絡みで、こちらはそこで録音されて翌年に彼らのホームスタジオでミックスとエディットが行われたようだ。

二名とも近年になってかなりモジュラーシンセを多用しだしたアーティスト。
くわえてそうなってからも所謂モジュラーシンセの即興演奏という感じの音になっておらず、むしろアーティストのカラーがかなり前面に出た独特の音を作り上げているという印象。
そんな感じで期待して聴いてみた。
バツバツと細切れのノイズ、複雑なハーモニーを生む持続音、物理音めいた硬質の響き、それらが精緻に複雑に組み上げられた一個の音響として提示されるところはさすがという感じ。
なのだが……彼らがそれぞれのソロで作り出していた、この作家以外ではあり得ない、という独特なサウンドカラーは出ていないように感じる。
おそらくスタジオの機材を使っているのかな。
電子即興セッションとして刺激的な作品ではあるけどこの二名のならではの音というものが刻印されていればもっと良かったかな。


Maurizio Grandinetti 『SEEK』
ユナイテッド・フェニックスというよく知らんレーベルより16年作。
このMaurizio Grandinetti マウリツィオ・グランディネッティというおっさん、調べてみると普通に人の良さそうな感じなのだが
maurizio grandinetti
演奏はとんでもねえブチ切れまくりのギタリストである。

様々なコンポーザー/アーティストの曲を独自の解釈で演奏するというのがこの人の手法なのだが、選んでいる人たちの幅広いこと。
自分にはほぼ現音/前衛系の人しか分からないけど(エリオット・シャープとかもいる)トリップホップの人なんかもいるようだ。
演奏には普通にエレクトリックギターと多数のエフェクターを用いる原理的な方法なのだけど、手元からかなり捩れているであろう脳内風景が漏れ出しまくっている。
一発目の現音作曲家Alex Buessにょる"ata - 11"という曲では13分の尺を使ってオルガン的持続音/シーケンスフレーズ/輪郭のはっきりしない抽象演奏を出し入れするが、途中突飛にもデジタル歪みで原音の消失した破壊的ノイズギターが投下される。
意味不明すぎる。
スピーディで細かなフレーズやタッピングを多用して、ジャズ的なテクニカルな演奏も絡めつつ、曲によっては反復のミニマル表現もあり、様々な表情を見せるものの、いきなりキレキレのノイズギターをカマすあたりは共通していたりする。
ギターソロだけでお腹いっぱい感があるのに後半においてはフィールドレコーディングや謎のソウルフルな歌まで流してきたりするのでなお手に負えない。
ともに現音系のJunghae Lee "Lunatico"、Volker Heyn "Electric Cat"の演奏が特に、この人ならではの突拍子のないサイコ感、ビヨルケンハイム的歪んだ超絶技巧、人の曲だけど俺の世界を聴けという強力な意志を叩き込まれている気がして好み。


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今日はそんな感じで

あと来月やるライブの告知サイトができていたのでよろしくお願いします
ペンギンハウスで僕と握手!あるいは機材にタッチ


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