『ビューティフル・デイ』エンディングはどういう意味なのだろう




ツイッターネタの使い回しですみませんが自分で見てなかなか面白いですこれは
ドキュメンタリーなんか昨年はかなり観てたのに確かに今年はまだあんまりパッとしたもの無いかも とか思う


で本題なんですが…
ビューティフル・デイ、見てから日が経つにつれ好きになっていて。
それで気になっているのがあのエンディングの意味。
いろいろ考えていて、それを整理して少し書きます。なにかご意見や他の解釈あればお聞かせ下さい。
ネタバレなので続きで




あのジョーが自殺するくだり。
うわーっ!……なんだ夢か…めでたしめでたし、ってだけでは当然ないよね。
あれは多分、あの時点ではジョーにはニーナを救えなかったって重いがあったってことなんじゃないかな。
つまり、ニーナが自分と同じ人殺しになってしまった───自分と同じ苦しみの生を生きることになる、という。

そこでジョーが夢から覚めて、お手洗いから戻って来たニーナがこう言う。
外を歩かない?
こんなにいい天気なんだもの(It's a beautiful day.)。
邦題にもなっているこの言葉の意味、二重になってるというか。「昨日までは最悪の日々だったけど、今日はこんなに素晴らしい日」って意味も含んでいる。
つまり、ジョーに対して「あなたが私を救ってくれたんだよ」と伝えていると。それは最初に彼女を助けたときの、死体か人形のようになっていたところにジョーがやって来たということまで遡ってのことかもしれない。
それと、父親に虐待されてたジョーと父親に身体を売らされてたニーナ、ふたりの境遇が重なるところもあって、ジョーにとっては、無意識のうちに、彼女を救うことが過去の自分を救うということにもなってたんじゃないか。
だから、この"It's a beautiful day."という言葉でジョーはすごく救われた。

そしてジョーがズズズッとミルクティーを飲み干す。ミルクティーかな?違うかな、あれは。
まぁともかく、この次が問題の箇所。
画面が暗転して、ふたりが去った後の空のテーブルが映る中、スタッフクレジットが始まり、エンドロール…という流れ。
ここね。ジョーは飲み物を全部飲み干してるけど、最後のテーブルの上ではなみなみ入ってる。
これ、どういうことなのかな?と思ったんだけど。
ここで原題が効くよね。
"You were never really here."あなたは最初からここに居なかった。
これは物語の間でたびたび登場するジョーがいたかと思うと消失してしまっているようなカットを差しているというのがひとつの意味。自殺願望、最初からいないものになりたいという願いを映している。
それがラストで反転してる。
過去から逃れるために、自分の存在を消す。それ以外の方法…つまり、過去の自分を救う。ニーナを媒介にして。
だから、ふたりは過去を振り切って=痕跡も残さずにどこへなりと消えた。新しい人生へ。
ここまで読むと、邦題のうまさにも気付かされる。つまり、"It's a beautiful day."という言葉には、ルビを振るように綺麗にイコールの関係で"You were never really here."という言葉が重なっている。ふたつの言葉は同じ意味だ。新しい一日が始まるということと、過去なんかもうここにはないということ。
だって今日はこんなにも素晴らしい日。

なーんか、こういう話なのかな?と思いました。ここ数日考えて。
読んで頂いてありがとうございます。
この映画にマッチしすぎな曲を貼っておきます。
スポンサーサイト
 

Comment

 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

 

Trackback

 
 
http://teardropmissingpiece.blog115.fc2.com/tb.php/560-7f3f4d2c
 

プロフィール

 

伊達さん

Author:伊達さん
恐怖と雑音と
カワイイだけがオレの信仰
about

拍手する

 

最新記事

 
 

カテゴリ

 
 

月別アーカイブ

 
 

検索フォーム

 

 

twitter

 

 

リンク

 
 

FC2カウンター

 

 

RSSリンクの表示

 
 

最新コメント

 
 

最新トラックバック