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君が君で君だ、志乃ちゃんは自分の名前が言えない、キリング・ガンサー、インサイド、クレイジー・フォー・マウンテン、カメラを止めるな!



昨年に続いて夏のコンテストがある為、怪談書きマンになったり、あと映画観てました、はい

『君が君で君だ』
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

『君が君で君だ』は『アイスと雨音』の松井監督の新作で、またかなり異様な青春映画。
アパートの一室で暮らす三人の男が、向かいのマンションに住む女性をストーキングしている。
で、この男たちが彼女の好きだという「ブラッド・ピット」、「尾崎豊」、「坂本龍馬」のコスプレをして、本来の名前も捨てている、という話で。

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』はどもりで自分の言いたいことが(本当に文字通り、直接的な身体的な意味で)言えない女の子の話。
ギターが好きだけど音痴な女の子と出会って、「歌ならどもらない」と気付き、一緒に演奏し始める。

前者で思っていたのが、すごく間違ってる話だなって。間違ってるし正しくない。やってる事、めちゃくちゃ犯罪的だし、描き方だってはっきりと共感を拒むようなやつをちょいちょい入れてくるんで。ただ、その、間違ってるとか正しくない、適切じゃないってことって、映画館の中では一旦括弧に入れて放り出されていいっていうか。その社会的な一般常識的な判断はひとまずいいよ、君がどう思ったか聴かせて、っていうのを思ってて。
後者で思い出してたのが、最近『アスペル・カノジョ』というマンガを読んだことで、まあタイトル通りの内容の話なんだけど、そこでその主人公の女の子が「マンガ読んでいると自分みたいな(ASの)人間が排除された世界の話って感じのしかなくてみんな嫌い」みたいなこと言ってて。それ読んで結構悲しいなっていうか、音楽やマンガや映画はそういう「排除された、いないことにされた人たち」が普通に居られる世界であってほしいなって思って。
そういうわけでこの二本を映画館で観られたのって良かったし、そこで実はメチャクチャ普遍的なことが真っ直ぐに叫ばれてたのが嬉しかったな。
『君が君で君だ』の中でここぞというポイントで使われる尾崎の名曲や、『志乃ちゃん』の中でカバーされる楽曲(ミッシェル・ガン・エレファント"世界の終わり"!など)、それぞれ非常にうまく物語に貢献していて、音楽も素晴らしかった。


『キリング・ガンサー』
主人公は暗殺者で、名を上げるために業界の伝説と化している引退した元・最強殺し屋の首を狙うのですね。
ただその元・最強殺し屋というのがシュワちゃんなのですね。
という設定からして相当に面白いコメディ。主人公が映像証拠のドキュメンタリーを作るということで、ファウンドフッテージ調になってるのも楽しいポイント。
現実的なカメラワークの中であり得ない出来事がポンポン起きていくという。
肝心のシュワちゃんが中盤まで出てこないという引っ張り方もそれ自体笑いになっていて、出てきてからの自己言及ぶりは突き抜けてる。
故郷のオーストリアに帰って農場経営するシュワちゃんの姿とか。
やっぱファウンドフッテージ×コメディってハマるととても楽しいのだな。


『インサイド』
僕のオールタイムベスト映画挙げるなら必ず入る『スペイン一家監禁事件』のミゲル・アンヘル・ビバスと『REC』のジャウマ・パラゲロが組んで『屋敷女』をリメイク!という最高に最高を重ねた作品。
これが期待に違わず素晴らしい。
オリジナルの血みどろさを一時間半ブッ通しの緊張が持続する綱渡りムービーへと変換する試みが成功してる。
静寂のサウンド、豊かな予兆と余韻が響く重厚なテンポ感、大胆な手前-奥移動で作る画面の奥行き、限定視界、どろりと重く深い色の血糊と白い壁の強烈なコントラスト。鏡を使ったトリッキーな構図や長回し人物追従ショットといった得意技も炸裂。
しかしながら本作を際立たせるのはやはり、一切のコケ脅しを用いない、純粋な狂気と殺意のみが脅かすというつくりかな。
誠実だし、これゆえに本作はどこまでもホラー映画なのではないだろうか。


『クレイジー・フォー・マウンテン』
複数の楽器が持続音を重ね、ピアノはタブレットに表示されたチューナーを睨みながら鍵盤を叩く。
オーケストラのコンサート前の準備風景を繊細に捉えた映像から始まる本作は、意表を突いてそこから一気に狂気の世界へと突き進むドキュメンタリー。
オーストラリア室内管弦楽団からのオファーで、映像と同期して演奏する形式のコンサートを行うので映像が欲しい、というオファーから始まった本作。素材に選ばれたのは、山。
天から大地に突き立てられた巨大な岩の剣。あるいは、神が一匙思いきりゴッソリと削り取ったかき氷。神話時代の津波の名残り。
そんな狂った形状の山を、一本の縄で、命綱なしの素手で、自転車で、ベースジャンプで、狂った方法で登り、降りる人々。
高所恐怖症の人が観に行くと絶対に後悔する正にクレイジーな映像のオンパレード。
「その瞬間に辛うじて死んでないだけ」というレベルにまで矮小化された命が、しかし「これこそが生だよ!」と歓喜の叫びをあげる。
「生の実感」って本当に不思議で、死から遠ざかるほど強くなるのかと思うと逆、死が鼻先まで迫ったところにこそ濃密に現れる。
映像に同期して奏でられるオーケストラのライヴ演奏、重なるウィレム・デフォーのナレーションも一体となって斬新でしかし荘厳な映像体験を織り成す。
ことあるごとに言及してるけど、はいネトフリで見られるフリークライミングのドキュメンタリー『Valley Uprising バレー・アップライジング』と一緒に、ぜひ。


『カメラを止めるな!』
最初のカットがまるまる1カット37分のゾンビ映画になっていて、残る1時間でその舞台裏を描くというかなり特殊な構造のコメディ。でもこれが映画を撮るとはどういうことか?ものを創るとは?というところまで描く胸熱な内容。
映画を語る時に自分がよく使ってしまう言葉で「本物らしい(に近い)感情」ってのがあって、これはあくまでそこで現れる感情は演技であるという一線を差しているのだけど、この映画観るとやっぱ創作においては、本物しかない領域、嘘がない領域、ってのもあるのかもなぁ、と思わされる。
そこには、本気で作っている人たちがやはりいるわけなので。
爆笑できるし、それも当然素晴らしいことだけど、一方で、誰かが本気で作った映画なら本気で観たいな…って襟を正される鑑賞体験でもあって。
エンドロールにはまぁ当然これやるよなっていうアレがあるのだが、そこもこの映画だとまた違う意味になってくる。つまり、映画本編で描かれた舞台裏もまた「映画内」の話じゃん、って言うところにこれが突き付けられる。本気でホントにやってんだよ、って。
それ見たら、やっぱ映画って奇跡なんだなって思ったよ。人の手で作れる、にも関わらず、そう呼びうるもんなんだなと。
なんか平日昼間から満席だったりとか、池袋のシネマ・ロサっていう場所もまたメチャ合ってたりとか、幸せな鑑賞体験だった。
これから拡大公開して全国の東宝とかでも観られるようになるらしく、これはぜひのおすすめ。


そんな感じです、最近は
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