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デス・ウィッシュ、テルマ、search サーチ

個人的に西川美和監督週間という感じで、旧作を見てたのですけど、エッセイ『映画にまつわるxについて』読んでみたらこれもえらく面白い。
普段何となく見てる映画内の描写や表現の中に、これだけの葛藤や逡巡が織り込まれていたのだなと。


今日は現在劇場でかかっている新作映画三本。


『デス・ウィッシュ』
イーライ・ロスがブルース・ウィリスを主演に迎えド・メジャーなバイオレンスアクションに挑んだという作品。
『狼よさらば』が原作と書いてあるけど、まあ僕は見たことない。本作は多分観なくても問題なく楽しめるかと。
観て思ったのが、イーライ・ロス、普通にめっちゃ巧みな映画監督になってるやん…という。
ワンカット風で長い時間経過を表現するショット、スプリットスクリーン等、小洒落た感じに見せたかと思いきや、暴力の予兆めいたシーンではじっくりと緊迫感を醸成するホラー譲りのテクニックを披露。
ギリギリエンタメといったところのファンサービス的残虐描写もチラっと覗かせる。
しかしながら全体のノリは痛快リベンジアクションで、ここぞというところで鳴り響くバック・イン・ブラックのリフがそれを象徴しているかと。
たまには『グリーン・インフェルノ』のような変態性癖モロ出しの作品も手掛けて欲しく思うものの、こういうのも全然やってっていいじゃんという感想。


『テルマ』
北欧百合ホラー。
超能力というのは映画的な現象だよな、と兼ねがね思っていて。
どういう事かというと、映画的表現、という言葉の意味は、ひとつには「比喩や見立てを通して内面を外世界に投影すること」。
つまり、登場人物がボロボロに傷ついて虚ろな心境で歩いていたら、雨が降っている、とか、問題が解決して状況が良くなっていくという場面でタイミングよく日が昇り朝が来たりとか。
これは現実においては逆で、世界のほうが我々の内面に影響を及ぼしてくることが多い。我々の内面を世界に反映するには、手足という、内面じゃなく世界=物理、現実の側に属するもので外世界に干渉していかないといけない。
こうして考えると、超能力というのは映画的表現そのもので。
内面、願いとか想いとかいうもの、を、直接外世界に反映させる。
ここで『テルマ』に戻ると、本作はそんな超能力を様々な奇抜で実験的な音響/映像表現で描いている。中でも特徴的なのは、異常にカッコいいタイトルバックから炸裂し、劇中でも重要なシーンで用いられる、ストロボライト的表現。
この表現手法が我々の身体を傷つけるかもしれないということを、あのポケモン事件以降の我々は知っている。冒頭に警告が出ることからも、主人公のテルマが能力を発現させる際に「癲癇に似た痙攣」を発症することからも、恐らく監督は意図的にやっていると思うけど。
真っ暗な映画館でこのストロボ表現を見る、いや浴びるというのは不思議な体験で、その「映画がこの身体を直接攻撃してくる(かもしれない)」ということをもって、映画と現実の境目がおぼろげになってくる。
で、その、スクリーンの向こうからの現実への攻撃でもってテルマが撃とうとしているものは何かというと、ひとつは「家父長制」というか、「父性」、「父の権力性」で、もうひとつは─これがより重要だと思うけど─映画ではキリスト教に象徴されている「旧態依然とした社会通念」で、これはテルマが焦がれている女の子への想いを叶えるために照準されている。
これってもう、まさにこの社会に向けて…、今この社会を撃つために、明確な狙いで放たれている銃弾というか。
それを思うと、ゾクッとするような鋭さを持った、美しいのにパンキッシュでもある奇妙な映画だよなと思う。


『search サーチ』
全編PC画面上で展開する、という触れ込みは傑作ホラー『アンフレンデッド』を思い起こさせるけど、こちらもベクマンベトフがプロデュースでかかわっているとのこと。
本当にそのままのPC画面を見せていた『アンフレンデッド』に対して『サーチ』では画面の必要な箇所にズーム、パンしていったり、劇伴も全編に渡って使われていたり、より映画らしいルックになっている。
まぁこれは良し悪しあって、「この世界の片隅で確かに存在しているかもしれない」ファウンドフッテージの延長として考えるなら前者が正解なんだけど(PCビューの映画という表現をまさに自分はその文脈で考えていたんだけど)、ドラマを語るための手段として用いるなら全然アリなやり方だと思う。
で、この『サーチ』、単純にサスペンス、ミステリーとして抜群に面白い。
二転三転しながらこちらの興味を一瞬たりとも放さない絶妙なストーリーテリング。父娘のドラマとしても秀逸なもので…ってか正直に書くと泣きました、オレは。
まあそんな感じで手段と目的が逆になってないのが美点かなと。
PCビューならではの方法で盛り上げる箇所も、こう来たか!の連続であり、特にお馴染みのあの「草原」で一瞬で強力なノスタルジーと共に映画の世界に引き込む冒頭、また誰もが知っている「設定」を最大のエモーショナルへと変換するクライマックスにはヤられる。
これは文句なしに面白い。
インド系監督がアジア人キャストで撮った映画、ということも痛快で…、自分なんかはやっぱり、インドの人が作る映画って『バーフバリ』みたいなのだろ?みたいなのに対してうーん…ってとこがあるので。


SEEDS | Google Glass from Aneesh Chaganty on Vimeo.


これは監督が以前にグーグルグラスで制作した2分半の短編なのだけど、もう才気迸ってるなあと。
食事と家族のイメージ反復、一瞬封筒を失くしかける所のサスペンス、洗濯物を干す母親のシーンのキメ絵としての圧倒的な強度…など隙がない。もとの素材がどれだけの長さあったんだろう?と考えると、ちょっと気が遠くなる。
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