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大正野球娘。

わたしたちは、可憐で、か弱くて。
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神楽坂 淳

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大正野球娘。―土と埃にまみれます (トクマ・ノベルズEdge)大正野球娘。―土と埃にまみれます (トクマ・ノベルズEdge)
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神楽坂 淳

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アニメ版公式サイト
大正野球娘。

というわけで、読みました。
アニメ化に便乗したわけでもなければWBCに便乗したわけでもなく、ずっと前から読みたくて店で探していて、でもなかなか見つからず、気づけばアニメ化の帯つきで店頭に並ぶようになっていて、やっと入手できたという次第です。同じお店で、こちらも入手できず困っていた『おおきくなりません』の二冊も見つけたので、読み次第感想とか書ければと思います。
お話はタイトルのまんまで、大正時代の乙女たちが「男子もすなるというあれ」、野球をするという話。ノベルズサイズの二段組で一冊のボリュームはありますが、二巻完結で非常に読み易いお話です。少女でスポコンというと話題になった『ロウきゅーぶ!』が即座に思い出されますね。奇しくもこちらも球技です。何か今みたいな、大きいお話の説得力がなくなっているときには、こういう古典的なスポコン的な話って感動をドライブするネタとしては結構いいのかもしれません。うわすげえイヤな読者みたいだなぁ。そろそろ本の内容の話をしましょう。
続きで。
上で一行であらすじを書いてしまったけど、本の背にあるあらすじが非常にまとまっていて良かったのでそれを改めて引用しますね。

時は大正十四年、七月——洋食屋<すず川>の一人娘、小梅は東邦星華高等女学院に通う十四歳。良家の子女が通う学院で、仲良しの“お嬢”こと晶子が突然、「一緒に野球をしていただきたいの!」と。なんとなく頷いてしまった小梅だが、九人集まるのか、道具は何をどう使うのか、ルールはどんなものなのか、分からないことだらけで…。
野球で女子は男子に勝てるのか?
男尊女卑の世間に一泡吹かせたい、大正時代の乙女たちの奮闘物語!

とこんな感じ。
物語は大正14年7月4日から8月16日までの一ヶ月ちょっと、東京は麻布周辺を舞台にしたお話です。大正14年というと、西暦では1925年です。この頃といえば、1914年から18年にかけて一次大戦があり、23年には関東大震災。そうした混乱の時代である一方、文化的にはかなりいろんなことが変わっていった時代で、例えば自動車の普及、ラジオ放送の開始などでインフラ整備が進んだこと。街にはカフェやレストランが出店し洋食が一般的なものになり、また洋装の私服や普及の始まった学校制服としてのセーラー服など、欧米文化も一般化しはじめたこと。野球ということに関して言えば六大学野球が始まったことで盛り上がりを見せていたこと。東京の話をすれば、丸の内がオフィスビル街に変わり始めたり山手線の環状運行が始まったりしたこと。こんな感じで、思ったより、というか意外なほどに進んでいる、でもどこか「レトロ」という言葉を思わせる、それがこのあたりの時代ということになります。

まぁwiki知識ですみませんという感じなんですが、なんでこんなことを長々と書くかというと、この小説が「時代」と「場所」、「文化」というものを非常によく書いているからなんですね。巻末に参考文献リストがあって、それを読んでも大正の東京についてよく調べられているということが分かります。いま、時代でも文化でも記号として扱うだけで内実はない、みたいなものが結構ありますよね。真夜中の弥次さん喜多さんか!みたいな。これは妹って便宜上書いてあるだけで妹でもなんでもないだろう!みたいな。違うか。まぁともかく、この小説では「大正」が記号ではなくてちゃんと中身があるものになっていて、読んでいて面白いわけです。
ヒロインの小梅たちは市電一の橋駅そばの学校に通い、休日には資生堂パーラー(資生堂パーラーものがたり)に出かけてお茶をしたりします。銀座千疋屋なんかのお店も登場して、あのあたりを歩いたりする人にはほぉーと思うところも多々あります。新宿がちょっとガラの悪い街として描かれているのも、あんま変わってないなという感じで面白かったりします。支那そばという言葉がまだ使われていますが、ラーメン屋台が登場したのもこの頃なんですね。大正時代初期には多くの中華料理屋があったものの、関東大震災で多くが燃えてしまい、店舗を再建する資金のない料理人がラーメン屋台を始めたという記述があります。

こうした感じで華やかなりし大正文化を読む、というだけでも面白いんですが、そうした舞台装置だけでなくて内面的な部分も時代がかって面白く書かれています。上で引いたあらすじに「男尊女卑」なんて言葉が出てきてますが、この時代は平塚らいてうなんかが活動してた時代でもあり、女学生が野球をする、ということと周囲の社会の折り合いみたいなことも結構気をつけて書いてあるんですね。
野球をするにあたって、当時のバットは木製が中心でこれは重くて扱うのが難しいので、アルミのバットを作ろうという話になります。足りない走力をカバーするのにスパイクを作ったり、女子のサイズに合うようなグローブを揃えたり。そのために小梅たちはお茶会を開いて大人に協力を募るわけですが、ここではじめて周囲に「男子と野球で試合をする」ということを話すんですね。もちろん親は反対。こうしたところで周囲との対立が問題になったりします。それらをひとつひとつ解決しながら野球の試合を実現させていく、ここには時代背景の意味がちゃんとあって、お話としての深みになっています。
あるいは核心的な問題として、恋愛事について少し取り上げましょう。何をおいてもランデヴーという言葉です。これは流行りますよ。だから流行る前に言っておきます。
環さんとランデヴーする!俺は環さんとランデヴーするぞ!よし!
よし。すいません。まぁランデヴーはランデヴーとして、より重要なのは許婚です。店を継ぐとか、親の決めた相手と結婚する、みたいなことが普通な時代で、ヒロインたちはこの青春の時間が終われば家庭に入っていく、そういうことをわりと普通に考えていたりもする。でもこれ、読む側の僕らにしたら結構切ないことだったりしますよね。繰り返し書いていることではありますけど、明確に青春に終わりがあるということをどうやって書くかってラノベやマンガでは大きな問題になっている。だから、そうした制限時間つきの青春を燃やし尽くさんと野球に打ち込むヒロインたちの姿はそれ自体切なくて美しかったりします。

そんなわけで、野球については全然書いていない気もするんですが、とりとめない気がするのでそろそろまとめますか。思い返してみると野球もののマンガなり小説なりをちゃんと読んだことは全然なくて、一方で大正を舞台にしたエロゲーで『ピアノの森の満開の下』(いま思うと元ネタは坂口安吾の『桜の森の満開の下』でしょうか)という作品はやっていたり、という俺なんでこういう感想になっているのかもしれません。いや野球が主題ではあるので、野球をしているシーンもしっかり面白いです。ただ、それと同時にその周辺、時代だとか文化だとかがよく描かれていてそれも同じくらい素晴らしいと感じたので、こうした感想を書いてみました。「汗と涙と友情」みたいなものだったり、ほんのりとした百合の香りであったり、好きなものがたくさん入っていて、キャラクターたちもすこぶる魅力的で。
そうそう。書く隙間がなかったんですが、とにかくキャラクターたちがかわいい。野球娘たちの可憐で美しいこと、これが一番素晴らしいことかもしれません。んでもって、みんなで何かに向かって燃える、それがすげー、みたいなことって、いつどこであっても変わらない普遍的な感動ですよね。スポ根的なものって、それを真正面から扱えるから強い、という部分もある。土と埃にまみれながら何かに賭けていく、っていう姿は、これは美しいですよ。

「わたしたちは、可憐で、か弱くて、ちょっと殿方に噛みついてみたいだけ。爪も牙も、こっそりとしまって戦うの。それが作戦というものよ。女はね、刃を口紅の下に隠せるのがいいところ」

アニメは夏放送ってことで、季節的にもいい感じになりそうですね。楽しみ。

野球というとなぜかこの曲を思い出してしまう。

Sugarplum Fairy - Far Away From Man
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