The Thing 『Again』 Lana Trio 『Live in Japan』


CDはまだ届いてないのだが、デジタルは発売日から聴けるようになったので

随分久しぶりな気がするThe Thing ザ・シング最新作。
今回は21分の長尺演奏1トラック+9分の演奏が2トラックのシンプル仕様。昨年6月に二日間で録音されたとかで、そんな内容も含めちょっとライヴ盤ぽいような感じ。
2曲目のみフランク・ロウのカバーで、あとはサックスのグスタフソンとベースのフラテンのオリジナル。

まず初っ端キツいやつをくれる"Sur Face"から問答無用にかっこいい。
混沌とした即興演奏と静かに奏でられるブルージーなテーマセクション、猛烈なドラムソロ、全く別の曲のようなリフ主体のパートと様相を変えながら展開する演奏。
合間合間に聴こえる、メンバー三人の絶叫。
傑作盤『Live at Bla』での"Awake Nu"とか思い起こさす最高さがある。
今回はラストの曲以外ベースがウッベ弾いてるのだが、それもありプリミティヴなジャズ寄りの音という感じ。
続く"Decision In Paradise"は二管聴こえるんだけどこれはどういう事?トランペットっぽいのだけど…。
と思ってライナーを読むとジョー・マクフィーが加わっているっぽい。
あともう一個ライナー読み進めて気づいたのだが、今回の盤はバリトンなし。テナーとソプラノだけでやっている。
まぁ管の違いはあれどプレイヤーとしての個性がめちゃくちゃ出ていてやっぱ「あの音」だな…みたいになるのだが。
この曲の演奏も全体が即興演奏に聴こえるようなところがあって、前トラックと地続きのフリージャズの空気。
ラストの"Vicky Di"、毛羽立ったトーンのエレべの音が聴こえてくるイントロ代わりの即興から、他二曲とは全く手触りが異なる。
猛烈な手数で打撃音をばら撒きながら疾走するドラム、ノイズと化した歪ベースソロ。
一瞬のブレイクから立ち上がる重いビートとロックンロール・リフ、キターーーー!てな具合の名曲"Red River"直系ノイズロックフリージャズ。
素晴らしい演奏だけど、やっぱこういう曲はバリトンで聴きたいなーっ!ってのがありライヴでそういう風なバージョンあったりするとまた良いなぁとか。


最新ライヴ映像
7分くらいから"Vicky Di"やってる




ジャケにカタカナで「ライブ イン ジャパン」て書いてあってもうその時点で心強さが凄いこの盤はノルウェーの脳筋系レーベルVa Fongoolから出ていたもの。
でまぁ大反省大会なのだが、タイトルの通りこの人達2014年に日本来てたのですね。千葉のキャンディでやってたようだが朦朧としててスルーしてしまったっぽい。この盤自体結構前に出たものだしなぁ。
まぁ反省ここまでで、Lana Trioはこのレーベルらしい勢いある即興演奏を繰り出すフリージャズトリオ。
編成が面白くて、ドラムにピアノとトロンボーン。
機動力のあるピアノと逆に音の重いトロンボーンのパッキリ分かれた感じが個性的なサウンド。
18分~26分の長尺トラック×3のボリュームある構成。で、ストレンジな音響で聴かせる場面も多いが、自分としてはやっぱワーッと来る感じの箇所に魅かれる。
ラストトラックの"Through Sound"はそんなところが惜し気なく出ていて特に素晴らしい。
山下トリオ的なサディスティックなピアノの耳責めが気持ちいい。
ノイズっぽいトロンボーンの濁ったトーンに、メリハリ付けてバッカンバッカンいくドラムの痛快さ。
わりと何回言ってんだよ感はありますがこういうジャズが好きですね私は。



てな感じのトリオもののジャズ二枚でした

アイ、トーニャ、君の名前で僕を呼んで、モリ―ズ・ゲーム、孤狼の血、フロリダ・プロジェクト

本日の昼食にと購入したシーザーサラダに入っていたのがクルトンでなく「焼いてもない普通のパンを小さなダイス状にカットしたもの」だったので少し気落ちしています。
先月末あたりから観たい映画がドッと公開されてきていて、これがまたどれも面白い。その話を。


アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル
当たり続きのアスリート/スポーツ絡みの実話もの。
アメリカ女子フィギュアスケート史上初めてのトリプルアクセルをキメたトーニャ・ハーディングの物語。
DQNプリンセスとでも呼びたい(まぁ本人はこの若さで自身のプロダクションも運営してたり知性派なのだが)独特のキャラクターを確立しているマーゴット・ロビーが演じている。
てか初めて知ったのだが、世界で初めてトリプルアクセルをやった選手って日本人なのですね。スポーツに疎いもので全然知らず。
で、このトーニャの話。
これがムチャクチャ面白い。いや、ムチャクチャすぎて面白い。
フィギュアって華美をきわめた世界のように思えるけど、この人は貧乏な田舎娘で、ただ子供の頃から圧倒的な才能がある。
その一方で立ち振る舞いとか言動で審査する側からの心証がめちゃくちゃ悪いと。
まずね、フィギュアの選手ってリンク外での待機時間に毛皮のコートを着たりしてるけど、あれがカネなくて買えないんで、自作するってエピソードが出てくる。
家の近所の森に狩りに行って、自分でサバいたウサギの皮使ってコートを作るというアマゾネスぶり。演技のときの衣装もずっと自作。
他にも、学がなくてクラシックを全然知らないんで、ハードロックのZZトップを自由曲にして踊るとかね。
言葉遣いも凄くて、とにかくもうこんなにFワードを乱射する映画ってそうそう無いよという感じ。F五段活用かよという勢い。
で、まあサブタイトルの通り、ある事件をきっかけにこの人はアメリカアスリート界最大のヒールへと転じていくわけなのだが…。
「アメリカって国は、大切な仲間と憎むべき敵を必要としてるの」。
それがあたしよ。
ただ、この言葉の裏側にあったものが透けてくるから人間の悲しさの話にもなっている。
暴力母と暴力夫の間で、何を願っていたか?っていう。
でもそれだけじゃない。
クライマックスに待つ展開はただ突拍子もないとしか言い様がないのだが、だから実話って凄いんだよね。
こんなんムチャクチャでしょ、って言われても、いや、これが事実ですから、って話だからさ。そこに至って話の印象も人間の強さというところに転じてくる。
ブラックで破天荒、キレッキレの編集と第四の壁もぶっ叩くような演出の妙味でグルーヴする何ともロックな映画。


君の名前で僕を呼んで
この映画、観るのに結構苦労して。
最初は朝イチの回で映画館に行くと予約で満席。
観られた回も満席で。パンフも売切れてて、公開館数が突然拡大したりもしていて、想定外のヒットだったのかなというのを感じさせる。
観てみると、とても普遍的な青春映画というか。もうクラシックな手法を丁寧に洗い直してるなという感じ。
『リズと青い鳥』にしろ、これにしろ、そういう特別視ということじゃなくて、普遍的な話として語ろうっていう優しい目線が良いよね。
で、途中に出てくるユダヤの星のエピソード辺りからも察せられるけど、このタイトルの意味。
きみは美しい、っていう事に対して、こう応答することの意味はシンプルで。
きみはきみを見くびらないで。貶めないで。
サンボマスターの"ビューティフル"って曲は"君が安らかに夜を過ごすそんな日が来たなら / それこそ願いが 僕の願いがかなう日なのさ"と始まって、"いったい誰が何のために / 君のこと苦しめるこんな時代を作ったの"と嘆きながらも、僕は必ず君のもとに駆けつけるから、と言って、こう続ける。"だからもう信じておくれ/君が美しいってこと"。
それだよね。この言葉の意味は。
終盤のお父さんが主人公に向けて語り掛ける内容も素晴らしくて。感情を祝福しようっていう。
ラストはとても印象的な長回しで終わる。これがまた良い。


モリ―ズ・ゲーム
こちらもアスリート実話ものの亜種と言えるのかな。
オリンピックに王手を賭けたモーグル選手が事故で滑れなくなるのだが、それをきっかけにこの人は別方向のとんでもない才覚を顕していく。
なんとポーカーの裏賭場のオーナーとして超金持ちのセレブ相手に勝負しながらのし上がっていくという話。
早いテンポで凄まじい情報量を流し込んでくる語り口(主人公のモリー・ブルームは全編に渡って早口でナレーションを喋り続ける)、モリーの弁護士を演じるイドリス・エルバや父親のケビン・コスナーといった脇を支える名優の演技にも圧倒されるのだが、何と言ってもモリーその人を演じるジェシカ・チャスティン。
美術館とか世界遺産とか、美しいものにお金を払うのなら、この人を二時間スクリーンで鑑賞させて頂く為に今1800円払うというのはちょっと安すぎるようにすら思う。
作中で言い寄ってくる男を片っ端から振っていくのだが、そのときにこう言う。
キルケーって知ってる?
酒と蜜で男を騙して豚に変える女神のことだよ、と。


孤狼の血
ある意味4DX感を味わえるのでは?と思い歌舞伎町の劇場に行ったのだが、当局の介入があったのか(?)まさかの公開なし。仕方なく近い新宿バルト9で鑑賞。
前々作『彼女がその名を知らない鳥たち』は素晴らしかったものの前作『サニー/32』は(多作過ぎなこともあるし)少し休んだほうがいいんじゃないかな…思わせる出来になってしまっていた白石和彌監督、本作ではやってくれた。
映像が入る前の音の導入がまず、豚小屋にひしめく豚の鳴き声。むせ返るような空気すら伝える生々しいその音に先導されて入って来る異常なバイオレンスシーンにのっけから圧倒される。
あえてガサついた質感に仕上げた映像の切れ味も鋭い。
邦画の強みである役者の力を十二分に使って、各アクトが素晴らしい演技を見せている。
大好きな『渇き。』の昭和おじさん直系のブチギレモードの役所さんは勿論最高。
松坂桃李の凄さは本作で初めて気づいた。最初と最後で顔つきも歩き方も目も全く変わる。この人の、リズと青い鳥ならぬサツの青い犬が豚の糞の中這い回りながら黒い狼に変わるようなシーンは本作の白眉とも言うべき箇所。
でもこの映画は何と言っても言葉。やっぱり。胸に打ち込まれて熱くなるような血の通った本物の美しい日本語。虹色の罵詈雑言。この映画の脚本を国語の教科書に載せて欲しい。ここまで会話が気持ちいいと思った邦画は久々。
ナレーションまでいくと演出はやり過ぎの感もあるのだが、とにかく今年スクリーンで観ている邦画の中ではぶっちぎりに気炎を吐いている映画のように思う。
トレーニング・デイでもありセッションでもある。
R15だけど15歳になったみんなにまずこれを観てほしいと思う。
こういう、映画館を出た次の一歩目から歩き方も変わるような映画がいいよ。


フロリダ・プロジェクト
フロリダのディズニーワールドの外周に広がっている地域が舞台になっている。
そこは夢の残滓が漏れ出すようにしてド派手なパステルカラーの店やモーテルが立ち並んでいるのだが、そのモーテル群には、サブプライムのあおりを受けて家を失った最底辺の人々があえぐようにして暮らしている。
そんな夢の国と現実の荒野の重ね合わせになった上で生きる母娘の話。
6歳の娘の方の目線が主になっていて、彼女を追うカメラの目線は低く眼差しは優しい。映画のトーンは基本的にポップでファンタジックな色合いだけど、それだけに時折覗く容赦ない現実が苦しい。それでも母親やモーテルの支配人は子供に楽しい世界を見せようと四苦八苦していて、それが観ているこちらには伝わってくる。終盤、そんな母親の側に視点がうつるシーンがある。この人が見ていたのはこれだけだった、という、意外なでも当たり前なそのことに胸を突かれる。
そしてラスト。
このラストはゲリラ撮影になっているのだが、それだけに本物の奇跡が起きている。二重の意味で夢と現実が重なるような、抱きしめながら打ちのめすような。その地点でこそ…最も美しく映画的なその場面でこそ…映画と現実の境界が越境されているということもまた驚異的だ。
このラストシーンとそこに至る流れにはただ圧倒される。
幾ら言葉を重ねてもその時に感じたことの芯を捉えられている気がしないのだけど、だから映画って映画なんだろうな。

リズと青い鳥、オー・ルーシー!、ロープ 戦場の生命線、ガール・ライク・ハー、サバイバルファミリー、グッドモーニングショー、グッド・タイム

相変わらずゴッドオブウォーやってたのですが、これは実質クラナドアフターでは?という説を強行に主張しています。
・ゲームが進行するとタイトル画面が変わってそのうち木の根元で子供が寝始める
・そもそも嫁さんが亡くなって心を閉ざしてる感じの父親と子どものロードムービー的な話だ
・父親がとてもツンデレだ
・(坂じゃなくて山だけど)登ることがひとつの大きなモチーフだ
・うりぼうが登場
と、挙げればキリがない類似点。
もうこんなんなんで、強敵が登場した時はあんパンっ…。って言いながら頑張っています。

あと何かと言えばフレームアームズガール作ってたのですが、これが新川洋司氏デザインということを知って驚き。
まぁそれはおいといて映画は観てました、ハイ


リズと青い鳥
山田尚子監督・牛尾憲輔音楽の最新作ということで。
過去二度ほど書いた通りで、この人達の作った『聲の形』は、アンビエントドローン/ノイズが劇伴の役割を越えて演出の核にまで立ち入っているという意味で、青春ドラマ版の『メッセージ』だという風に考えているんだけど。
そういう前提で見ると、全編コンセプチュアルな音響で構成されていた『聲の形』とは違って、もっと場面に即したような音楽遣いになってはいる。
ただそれでも独特の音楽演出が各所で冴え渡る。
とりわけ印象深いのは(「絵本パート」「現実パート」と分けたときの)現実パート冒頭。
例によって内部奏法や機構ノイズを用いたプリペアドピアノ風のカットアップが耳を引く。それが三拍子のメロディにスッとシフトするのだけど、そのことが主人公・みぞれのとりとめない思考が一点に…これ以上ないという一点に…一瞬で収束するのを音で聴かせている。
要するに、モノローグの代わりに、いわば内面を代弁するものとしてサウンドが、それもアブストラクトなサウンドが用いられている、しかもこれは全編に渡る。萌えアニメ的な文法で読解しようとすると、モノローグがきれいに排除されているというのは相当な異常事態だ。
続いてのパート。みぞれと希美が校内を歩いていくが、ふたつの足音と三拍子のリズムは奇妙にばらけたポリリズムとなって、全体でどこかしっくりこない音像を結んでいる。で、映画終盤、再度三拍子のメロディが使われる場面があるけど、ここでやっとその意図が分かる。
詳しくは書かないが、奇数拍子と2人の足音では、どうしてもリズムはちぐはぐになってしまうのだ、結局。それは映画そのもののテーマとすら言えるかもしれない。だってその不格好な音楽は…もう鳴り止んだ音楽は、それはそれできっと美しかったのだ。


オー・ルーシー!
孤独に空気のように生きているアラフォーOLがひょんな事から英会話教室の体験クラスに参加することになり、そこで米国人のイケメン講師に一目惚れする。が、講師は帰国してしまい……と来れば、することはひとつでしょう!ってな話。
ああ、そういう感じですか、と思って観に行くと、最初のシーンでわりと度肝抜かれる。
米国在住の日本人監督の初長編とのことだけど、アダム・マッケイがプロデュースに入ったり、ガッツリと日米合作。そのせいか、ロードムービー的なところもちゃんと空の広い感じで見せており、映画的に豊かな画に溢れた作品になっている。
そして何よりオレ、この手の周回遅れで最後の青春、死に物狂いで全力疾走、的な話に弱いのですよね。
この主人公がイタかったりサムかったりする程泣けるというか。
ジョシュ・ハートネットという意外さ、安定の役所さんというキャスティングの絶妙さも相俟って最後まで楽しく見れた。
ビターだけどそれだけじゃない、余韻の残る後味。
これは意外な拾い物でした、おすすめ。


ロープ 戦場の生命線
原題がパーフェクト・デイ、これだけで何かもう、良いなって感じですけど。
95年、停戦直後のバルカン半島で、難民のために清潔な水を確保する仕事をしているNGOの"パーフェクト・デイ"、最悪な二日間を描く。
映画の公式サイトに"ただ一本のロープがあればこの世界はもう少しハッピーになるのに"とある。まさにこれ。
井戸に投げ込まれ水を汚染する死体を引き上げるために一本のロープが必要になり、それを求めて奔走するという話。とにかくこのロープが手に入らない。銃弾も地雷もロケット砲もそこら中に余る程あるのに、どうして人助けの為のロープ一本がどこにもない?
紛争の空虚さ、人間の醜さ、これでもかと見せつけられるが、重いトーンの話にはなっていない。ロックンロールと乾いたユーモアで話は転がっていく。
べネチオ・デル・トロとティム・ロビンスの、諦めの向こうにまだ何かを信じようとするような瞳が印象的だ。
クライマックスに起こる、笑ってしまうような何でもない奇跡の美しさ。


ガール・ライク・ハー
これはネトフリで。
公立校で唯一全米の優良校十選に入った高校に、ドキュメンタリー制作チームが取材に行く。すると、一人の女子生徒が睡眠薬飲んで自殺未遂、今も意識が戻ってないと聞かされる。いじめがあったらしい、とも。チームは取材対象をそっちに切り替える。
最初は状況がイマイチ判らずヤキモキするのだが、彼女の親友の男の子に話を聞いたら「起こった事を全部記録しとくべきだと言って、彼女に持たせてた」とブローチ型の隠しカメラを渡される。…というわけで、いじめ被害者の一人称映像を見ることになる、フェイクドキュメンタリー。
『プロジェクトX』とか『クロニクル』とかさ、あとガス・ヴァンン・サントの『エレファント』とかも一部それに近い様な見せ方をするけど、POV、ファウンドフッテージ形式って意外にも青春映画にも効果を発揮するということですよね。
で、この映画はもう、撮っていることが全てなんだけど。
こういうことだよな、としか。見るべき作品っていう言い方があるとすれば多分こういう作品で。
終盤はただ号泣してしまった。


サバイバルファミリー、グッドモーニングショー
ネトフリで。
このふたつの映画は自分の中で共通点があって、何かというと予告があまりにも酷過ぎ劇場で観逃してしまったこと。
人の所為にしてんじゃねーよって感じだけど、ホントあのバラエティ番組みたいな予告やめて欲しいんですよ。ちゃんとした映画なら。
まあそんな愚痴を言っててもしゃあないので、しょうもない予告だけど本編はちゃんとした映画ってのを予告見た時点で察するスキルを磨いて行きたいと思います。
で、サバイバルファミリー。
電池も含め電気がある日全部使えなくなり、このまま東京に居ても詰むっぽいなぁ…と思った家族が、母の実家のある鹿児島を目指す。
コメディっぽく見せかけて結構真面目に怖い話。水道も死ぬんで水買いに行ったら、ペットボトル一本2000円で売っている。同じマンションに住んでいた高齢者が真っ先に亡くなる。交通機関、物流が死ねば、店から商品が消え通りにはゴミが積み上がる。
まぁそういう怖い描写は沢山あってどれもジワジワ来るような描写が素晴らしいのだけど、他に好きな箇所として一点挙げたいとこがあって。久し振りにまともなメシにありつけた人が食いながらボロボロ泣く、みたいな災害・遭難ものの定番シーン、これがこの映画にもあるのだけど、本当に良く描けている。自分はこの描写大好きで、これがよく描けてたらそれだけで映画の成績一段階上げちゃう。
続いてグッドモーニングショー。
朝のワイドショーの看板キャスターが主役で、この人が出てる番組の放送中に、銃を持った男がカフェに立てこもるという事件が起きる。当然臨時で番組で扱うことになるのだが、そこで犯人からカメラ越しに主人公にお呼びがかかる。テレビで流させてやるからお前と話させろと。
これ見ていて思ったのはさ、ワイドショーという、ともすれば揶揄され馬鹿にされるような仕事にも、本気で取り組むプロフェッショナルの人たちがいるわけよ。そういう人たちの実際の逡巡や葛藤を見ずに、低俗だのマスゴミ(本当に下劣な言葉ですけど)だのと宣う事って、どうなんだろう?という。
映画自体はそこをどうだオラと押しつけがましい話にしてなくて、むしろひとつ答えの出ない問いを残すことで、腹に残る余韻を持った物語に仕上げている。
メンヘラ女性が余分という以外はとても良い作品。テレビ屋の執念みたいなものを感じた。


グッド・タイム
これは単純にメチャクチャオモロいっす。
兄弟で強盗して逃げる途中に弟だけが捕まる。兄が何とか弟を助けようとNYの最下層を駆けずり回る。駆けずり回る、が、場当たり的にヘタを打ちまくり、どんどん脱線していく。ブレーキのない車で飲酒運転しているような話。
OPNの手掛ける音楽が映画に実にマッチしていて、ヒリヒリするような疾走感を生んでいる。
映像的にも素晴らしくて、何かというと、一切の加工をしてないんだよね。モノローグもなければスローモーションもない。カットは長いし繋ぎ方も乱暴、挙句ゲリラ撮影。このパンキッシュな感触がトチ狂ったエネルギーとして渦巻いてる感じ。
同監督の『神様なんてくそ喰らえ』は正直よく分からない感じだった(音楽はスゲーセンスいいなと思ったけど)のだが、これはメチャクチャ良かった。


今日はこんな感じですか。
あとは折角作ったんでフレームアームズガールの写真でも見てって下さい。
なんか今までと違う仕上がりにしてみたいと思い頑張ったのですがちゃんと汚れた感じの塗装になっていますかね。

FAG1.jpg
FAG2.jpg
FAG3.jpg
FAG4.jpg
はいありがとうございます
確かにこうして見ると足首~足首あたりにメタルギア感がちょっとある気がする

ファークライ5のエンディングについて  アメリカ、カルト、世界の終わり

ファークライ5クリアしてしばらく経ってて、今はもうゴッドオブウォーとかやってますが、やっとあのエンディングが自分の中で消化出来てきたので、少し書こうかなと。
ネタバレバリバリかつ遊んでない人には何のこっちゃな話なのでご了承ください

続き

レディ・プレイヤー・ワン、さよならの朝に約束の花をかざろう、マザー!、灼熱の魂、ハッピーエンド、15時17分パリ行き、アフターマス

観た映画から何本かピックアップして。
今日観た二本と、あとはこの前の記事よりも更に以前に遡って。多分2月~3月で観たやつ。


レディ・プレイヤー・ワン
これ一番の話題作ですかね。
あんま関係ない話なのですが、現状IMAXシアターってまだ数が少ないし、入ってる映画館でもほとんどは1スクリーンだけだったりする。
その現状に対してIMAXに最適化された映画の供給が上回ってきちゃってるなと思ってて。
つまり何が言いたいかというと、同じ週にこの映画とパシフィック・リム:アップライジングが公開すると。
IMAXのスクリーンを2本が奪い合う形になる。この中で自分も結構鑑賞のスケジューリングがタイトになったとこがあって。
これってなかなか悩ましい状況ではありますよね。
で、レディ・プレイヤー・ワン。
まあこれについては多くを語る必要はないかな。
シンプルに、体験する映画かなと。正直、これを家で観るのは、観てないのと同じ。
映画館でしか機能しない映画という、実に今らしい一本でした。
現状の映画館、映像エンターテインメントがどこまでのものになってるか?ってのを体感するために、一刻も早く近くのIMAX3Dシアターに足を運んでください。
俺はガンダムで行く。


さよならの朝に約束の花をかざろう
正直近年の岡田麿里氏の仕事に興味が薄れかけていたのもありチェックしてなかったのだが、ツイッターのタイムライン上で信頼のおける向きから絶賛が連続で届いたため終了間際に滑り込み鑑賞。
観てなかったのは、いわゆるファンタジーアニメで、そっから苦手ってのもあったのだけど。でも描いてあることはとても普遍的で。
つまり、親、スゴいね、っていう。
でも親って(当然だけど)最初から親なわけじゃなくて、段々親になっていく。人間の子どもはネオテニー、幼形成熟と言われるけど、親もそういう部分があって、子どもが出来てから、子どもと関わることを通して親になっていく。このあたりはリンクレイターの『6才のボクが、大人になるまで。』とか思い出すのですけどね。で、それを語るための設定がいくつかあって、ファンタジーとしての必然性が分かり易い。
ファンタジーということで言うと、原作ものとかスピンオフとかじゃなくて、独立した単独のオリジナル作品でこういう世界観をイチから作り上げた上で、物語の中で無理なく語り切ってるってのも素晴らしいしさ。
でもこの映画について自分が強調したいのは一点で。
映画って一度だけ大きな嘘をついていい、魔法を使っていい、なんて言われるけど、これの意味って、一度だけリアリティレベルないし物語のトーンから大きく飛躍していいってことだと捉えていて。
そのとっておきの魔法をかける瞬間をこの映画は間違えていない。というか、そのためにでき得る全ての準備を済ませて、一番重要なものをそれに託してる。
物語終盤にその瞬間はやって来るのだけど、リメンバー・ミーでも似た場面があったからか、こっちの非の打ちどころの無さが際立ってたように感じてしまった。よくない言い方かも分からんけど。
それまであくまでも背景の、物語の世界観のために設置されたガジェットのように見えていたそれ、それについて作中で時々さり気なく語られていた物語、それらがその一点で綺麗に線を結んで絵を描く映画的なカタルシス、高揚感が半端ない。
単純に場面として究極に絵になること、それが物語の流れをある種反転させ、それに足る説得力を持っていること、サプライズでありながら作品のテーマと深く結びついていること。
こんなにも完璧な映画の魔法がかかる瞬間はそうそうお目にかかれないように思う。アニメって結構やろうと思ったら幾らでも魔法使えちゃうようなとこがあるって点からも、それを一点に引き絞ってるの、分かってるなって感じ。
花は咲きいつか散り落ちて腐り土となりまた隣に咲きゆく花が少し似た香りだったらなんて素敵な事だろうか?って歌を思い出す。


マザー!
ブラックスワンやレクイエム・フォー・ドリーム(僕はこれが一番好きですけど)で知られるメンヘラ監督ダーレン・アロノフスキーの最新作は、劇場公開中止の憂き目に遭った問題作。
自然に囲まれた静かな田舎に夫婦が二人で住んでいる。夫はスランプ中の作家で、奥さんはちょっと潔癖気味。何かの薬をずっと飲んでいる。あるとき全然知らない夫婦が訪ねてきて、泊めてくれと言ってくるのだが、渋る奥さんを尻目に夫は気前よく迎え入れる。この夫婦が何やら横柄な人たちで、そのへんのものをベタベタ触りまくる。奥さんイライラ。更には「息子たちが今からこっちに来ると言ってる」とか言い始める…。
そんな感じでどんどん知らない人がやって来て、あれよのうちに…って話なのだが、ここまで聞くと地味そうな話じゃないですか。
でもとんでもないです、これは。超展開に次ぐ超展開、超展開のインフレ。ホラーもミステリーもコメディもSFも大河も全て一件の家の中にブチ込み、挙句その家はミキサーになっていて容赦なくそのスイッチ入れちゃうような映画。
聖書ベースの物語の映画ってままあるけど、これはその一形態でありつつ、やってることはあらゆる良識や正しさを破壊することなので、その先の景色見たい人だけが観れば良いかと。おすすめはしないけど最高の映画。
これを観て頭おかしいという言葉の意味を知って下さい。
しかし何気に先日惜しくも亡くなったヨハン・ヨハンソンが音楽…というか全体のサウンドデザインを行っていたり、ガス・ヴァン・サントのエレファント風の主人公のすぐ後ろをずっと追従していくスタイルのカメラ等、映画として見て相当に高度な内容になっているところがまたタチが悪い。


灼熱の魂
中東の風景にレディオヘッドを重ねる掴みから強烈センス炸裂の本作は、メッセージやボーダーラインでお馴染みドゥニ・ヴィルヌーヴのブレイク前の作品。
とはいえこれまた凄まじい。
主人公の双子の兄妹が亡くなったお母さんの遺言を受け取ると、封筒が三つに分かれていて。ひとつはこの兄妹に宛てられたものなんだけど、残りのふたつは、この二人の兄と父に宛てられている。で、困ったのが、二人とも兄と父に会ったことがない。生まれた時にはもういなくて、死んだのかと思ってたのが、実は生きてるよ、と。で、この兄と父を探しに行く。
てな話。なんかまた書きだすと地味っぽいんだけど。これまたとんでもない。兄と父を探す過程で二人は全然知らなかった母親の人生の物語を追体験していくことになるのだが、これが壮絶で苛烈、そしてあまりにも数奇なもの。もう何も書けず歯がゆいのだが、非っ常に驚くべき結末が待っている。で、それが所謂どんでん返しの為のどんでん返しみたいなもんでなく、その真実が分かることで混沌とした映画にスッと一本の芯が通る感じなんだな。その瞬間の、安堵とも感動とも畏敬とも絶望ともつかないような、言葉にならない感慨。
ほんとスゲー話なんだけど、映像や音はヴィルヌーヴということでメチャクチャカッコ良く、引き込まれるように観られてしまうんで、是非。


ハッピーエンド
当然僕も大好きなハネケの最新作ということで。ハネケの映画にハッピーエンドってタイトルがついている、それだけで胸が躍りますよね。
ハネケらしい、状況をただカメラの前にポンと置いてくるような撮り方、あれが自然に携帯カメラや防犯カメラなんかの映像を取り込んでいて、劇伴が全然無いというのも含め寒々しい映像になってはいるんだけど、同時に多分にブラックコメディ的な語り口でもある。
それと面白いのが過去のハネケ作からの引用があちこちに見られること。
べニーズ・ビデオで始まり、アムールと繋がっているようにもとれるストーリーで、最後はタイム・オブ・ウルフと似たモチーフで終わっていく。行間の大きく空いた映像の連なりは、合間合間に過去作の映像が脳内挿入されて補完されていく。
それらをハッピーエンドへと引きずっていくような話ともとれるのだがしかし、そのハッピーエンドは…という。
無音のエンドロールも素晴らしい。


15時17分、パリ行き
イーストウッドの映画観るといつも、悔しい!ってなっちゃうんですね。
政治的なあれこれとか、人格的にちょっとこういう人はなぁ…って思うんだけど、映画はメッチャ面白いんだもん。
てなわけで、今回も素晴らしい。てか、イーストウッドの中で一番好き。
何しろこれはジョジョ5部じゃないですか。イタリアが舞台だから言うわけじゃないんだけど。
人は皆運命の眠れる奴隷。覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事。
まさにあれで。
過去の失敗とか挫折とかまで含めて、それまでの人生がある一点、それもここにおいて全てが決するというような一点に、爆縮する。そういう宿命の話。
それをヘタに盛り上げたり過剰に演出することもなく描いていても、映像に格調が出てくるのがこの人の映画なんだよね。
事件当事者である主役三人の演技も素晴らしい。またこの言葉を使うのだけど、これも何か映画の魔法のようなものが働いたとしか思えない一品だなと。
デトロイトと並んで今年ベスト候補の一本。


アフターマス
シュワちゃん主演。
実際に起きた飛行機事故の顛末を描くノンフィクション。
空中で旅客機が衝突するという事故で、そのとき空港で誘導していた管制官と、事故で家族を失った遺族の男の話。
いちいち描写が重く胃に来る。
例えば衝突の場面とか、爆発炎上の描写なんか全く無く、それまであった信号とレーダーの表示がパッと消えて、あれっ…嘘…嘘だろ…?みたいな。
取り返しのつかない事って、やっぱり時間を経てじんわりと腹に染みてくるようなものじゃないですか。もうそれがずっと描かれていて。
見てる間中息苦しくて具合が悪くなってくるほど。
誰が悪い訳でもないのに、と思うと、ひたすらに遣る瀬無い。
非常に辛い内容ではあるけど、観る価値のある、観るべき作品かと思う。
シュワの重く沈むような演技も実に良い。
実話なんで調べれば事の顛末は分かってしまうのだけど、ぜひ予備知識を入れずに観て欲しい。

 

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